北海道情報サイト「北海道ライカーズ」北海道情報サイト「北海道ライカーズ」

what likers

Icon search探す

公開 | 小西 由稀

情熱の仕事人。牛乳からさまざまな可能性を広げる。株式会社町村農場代表取締役「町村均」

町村農場の町村均さん

 
北海道の乳製品ファンにはお馴染みの町村農場(江別市)。1917年に創業し、日本における酪農の礎を築いた牧場です。
 
創業者は、町村均さんの祖父・敬貴さん。町村さんは祖父、父、兄の想いを引き継ぎ、町村農場3代目として2000年に代表取締役に就任。2017年には農場創業100年を迎えました。

 

土づくり、草づくり、牛づくり
100余年、守り続けている教え

まずは、町村農場の歩みを振り返ります。
 
祖父の敬貴さんは札幌農学校を卒業後、酪農先進国だったアメリカに単身で渡航。10年の長きに渡り、技術を学んで帰国。現在の石狩市樽川地区で牧場を拓き、夢の一歩を踏み出しました。10年後には江別市に移転します。
 

町村農場創業者の町村敬貴さん▲生涯を酪農に捧げた、祖父の町村敬貴さん

 
「祖父は『牛づくりの神様』と呼ばれた人です。元気な牛を育て、その牛を売り、生乳をメーカーに出荷するのが当時の経営の柱。生乳の一部ですが、100年前からバターもつくっていました。
 
父の代で独自のブランド『町村農場 特選牛乳』を発売。札幌オリンピックの時には、さっぽろ地下街ポールタウンで店頭販売もしました」。
 

町村農場の町村さん▲町村均さん:1962年生まれ、江別市出身。北海道大学法学部を卒業後、東京の広告代理店に就職。1993年に町村農場に入社し、2000年に代表取締役就任。江別観光協会会長や江別商工会議所副会頭の公職も務める
 

創業時から変わらないのは、「土づくり、草づくり、牛づくり」という考え方。痩せた土地を改良し、青々とした牧草が生えるようになり、健康な牛が育つ。今では広く共有されている酪農の常識ですが、100年前には先進的な考えとされ、理解されなかったといいます。
 

町村農場▲町村農場では380頭もの牛を飼育している
 

町村農場のアイスクリーム▲アイスクリームのカップには創業者の言葉が刻まれている
 

町村農場では、現在も牛たちのエサはすべて自社で栽培。畑をつくり、牧草、デントコーン、小麦を輪作しながら、牧草とデントコーンはサイレージ(発酵させた飼料)に、小麦のわらは牛のベッドに、そして牛の糞尿は畑に戻し、循環型農業を実践しています。
 

町村農場▲高く積まれた乾草ロール。町村農場では創業時から青草は与えず、乾草とともにサイレージを主体に食べさせ、季節変動の少ない安定した乳質・乳量を目指している
 
 

手さぐりで始まった新体制
ピンチをチャンスに!

急激な宅地化との共存は、都市近郊型農業についてまわる難しい課題。町村農場も例外ではありません。
 
江別市は札幌に隣接するなどアクセスが良く、自然にも恵まれた魅力的な住環境を持つ都市。旧・町村農場があったエリアが市街化調整区域に指定され、移転を余儀なくされました。
 

町村農場
 

「新・町村農場は、兄の考えを採用したデザイン。当時としては新しい仕組みを導入した牧場でした」。
 
ところが1993年、現在の場所に移って4ヶ月後に、不慮の事故で兄が急逝。町村さんは会社を辞め、家業に専念することを決意しました。


町村農場▲牛をつながず、自由に歩ける「フリーストール」タイプの牛舎
 

幼い頃から農場の仕事は手伝っていたものの、酪農を体系的に学ぶため、現場のいろはを頭と体にたたき込む日々。
 
「牛舎のシステムがまるっきり変わったので、父や職員にとっても新規就農をしたような感覚でした」。


町村農場の町村さん


3代目候補だった大黒柱を失い、失意と不安が広がる中、みんなを励まし、対外的な仕事もフォローしていた町村さんは、「当時の記憶がない」ほどの忙しい毎日。
 
それに加え、農場は悪臭問題という大きな問題を抱えていました。
旧農場では排泄物を堆肥として処理し、畑に利用していましたが、新農場で取り入れた処理システムは効率的な反面、独特の臭いが発生。これは想定外でした。


町村農場▲取材時は気温30度を超えで、牛たちも少々ぐったり
 

悪臭を抑えるために、日本で初めて本格的な農家単独設置型の「バイオガスプラント」に着手。糞尿を発酵させて生まれるメタンガスを使った自家発電システムです。
 
自家発電で得た電力は農場で使用する半分の量を補い、ガスを取り出した後の糞尿は良質な有機肥料として活用。自然エネルギー利用の先駆けです。
ピンチをチャンスに変え、新技術を取り入れながら、時代に則した地域循環型農業を実践しています。
 
 

牛乳の多様な可能性を信じて
販路開拓と新製品で新たな価値を

代表取締役に就いた町村さんは、ヨーグルトとアイスクリームを商品化。さらに直営店の展開に乗り出します。そこには亡き兄の想いに重ねた、町村さんの経営戦略がありました。
 

町村農場アイスクリーム▲創業者がアメリカから持ち帰った製造機でつくったアイスクリームで、町村家の訪問者をもてなしたという。当時からほぼ変わらぬ製法で製造している
 

人口減少に伴い90年代終盤から牛乳の消費量が落ち、一般的な牛乳よりも少し高価なまちむら牛乳は、スーパーの棚で手に取ってもらえるのをただ待つだけでは厳しい時代に。
 
町村さんはソフトクリームを開発し、これを目玉に江別内外の大型施設に出店。町村農場の魅力を消費者に直接伝え、店舗運営のノウハウを蓄積しながら、「自前で売る力」をつけていきました。
 

町村農場の牛乳▲農場内のミルクプラントで製造。乳脂肪分、ミネラルなどの含有量も高い自慢の牛乳
 

2007年には東京に進出し、新丸ビルに「町村農場 東京・丸の内店」をオープン。横浜には2店舗、2015年には大阪にも出店。本州に販路を広げます。
 

町村農場の町村さん▲「本州の催事で手応えがあったので、定点的に売る場所がほしかった」と、町村さん
 

丸の内に店を構えたことで、「飛ぶように売れる訳ではありませんが、知名度が広がり、消費者の方はもちろん、プロの目にも留まるようになりました」。
 
パティシエ、料理人からも注目が集まり、お菓子や料理に町村農場の商品が使われるようになったのが、想定外の喜びだったいいます。
 

町村農場のバター▲「町村農場 特製新鮮純良バター」は創業当時から製造されている、もっとも伝統ある製品。ミルクの風味を楽しめる100年バター
 

祖父、父、兄が切り拓き、大切に育ててきたまちむらブランドを、町村さんは本州への販路をつくり、乳製品の製造にも力を注いできました。気骨のある開拓者の血筋を感じさせます。
「いやいや、特に東京は家賃が高く、出店には相当な勇気が要りましたよ(笑)」。
 

町村農場
 

町村さんにとって酪農は、「牛乳からいろんな可能性を導き出せる産業」。
循環型の都市近郊農業を営む町村農場では、規模の拡大はせず、今ある資源を多様なカタチに変えながら、その価値を高めています。
 
今後はスタッフと一緒に、牛乳や乳製品を生かしたフードメニューを開発し、ラインナップを充実させていく予定だといいます。
 

町村農場のミルクガーデン▲町村農場の敷地内にある店舗「ミルクガーデン」では、牧場ミルクソフトクリームやパフェ、シュークリームなどをイートインでも楽しめる


町村農場のおもてなしプリンソフト▲自社産のミルクソフトクリームとプリンを欲張れる「おもてなしプリンソフト」
 

最後に北海道への思いも尋ねてみました。
 
「酪農を営むには、北海道は最高の土地。私を北海道に生んでくれて、ありがとう!という心境です(笑)。
北海道で酪農ができる喜び、メリットを、消費者の方に喜んでもらえる製品につなげ、お届けしていきたいと思っています」。
 

町村農場の町村さん

 

関連リンク

町村農場
 
この記事をSNSでシェアしよう!
  • 情熱の仕事人。牛乳からさまざまな可能性を広げる。株式会社町村農場代表取締役「町村均」

F3ea6fa5 2971 4d12 8e62 077dc40dce4f

Writer

小西 由稀

Title
Close