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公開 | 小西 由稀

大地を創る人。イチゴと向き合った先に広がるつながりと可能性。野中剛さん(旭川・東鷹栖)

のなか農園の野中剛さん


一粒まるごと “あむっ”と頬張る。
なめらかな食感とともに豊かな甘さと香りが広がり、幸せな気分で満たされる。
 
味わいだけではありません。すらりとしたスタイルと鮮やかな色合いの美しさも印象的なこのイチゴは、旭川市東鷹栖の『のなか農園』でのみ栽培されている品種で、「瑞の香(みずのか)」といいます。
 

瑞の香

 
野中剛さんが個人で品種改良に挑み、2011年に品種登録まで成し遂げた唯一無二のイチゴです。
 
開発に長い時間を要する新品種づくりの世界。企業や研究機関による開発や登録が多い中、北海道の個人農家が出願、登録した例は初めてで、大きな話題を呼びました。
 
野中さんはなぜ、新品種づくりにチャレンジしたのでしょう。

 

ないものをつくりたい
ケーキの上で映えるイチゴを



のなか農園の野中剛さん 

 
のなか農園は3代続く米農家です。「米以外に何かつくってみては?」という父親の一言から、高単価のイチゴに興味を持ったのが栽培のきっかけです。
 
「東鷹栖はイチゴ栽培でも歴史がある土地柄。先輩農家に教えを乞いながら、気軽な気持ちで始めたんです。知識はゼロでした」
 
はじめのうちは順調に収穫できていましたが、作業に慣れ始めたころに収量がガクンと落ち、挫折を経験。
 

のなか農園

 
ちょうどそのころ、「ウェディングケーキ用に地元のイチゴを通年使いたい。特に夏場は他産地に頼るしかない」というホテルのウェディング担当者の声を聞き、一念発起。
 
「ウェディングケーキにのせて美しく、食べておいしい夏イチゴをつくろう」という思いから、野中さんの挑戦が始まりました。
 

のなか農園
 

いろいろな苗を取り寄せ、栽培方法の研究を重ねる中、「自分で交配するのも面白いかも」と、新品種づくりの可能性も探り始めます。
 
専門的な知識や技術がない分、失敗も多かったそうですが、試行錯誤を繰り返しながら、徐々に試験栽培の魅力や手応えを感じ始めたといいます。
 

のなか農園の野中剛さん
 

ないものをつくるのが好き。
 
そんな職人気質もあり、毎日コツコツと、でも楽しみながら品種改良を続けて5年目に、ようやく理想の品種が完成。長女の名前に思いを託し、瑞の香と名付けました。
 
野中さんが理想としたのは、長円錐形で鮮赤色、中まで真っ赤に色づき、甘味と酸味のバランスが良いこと。
 
また、株に体力があること。そして、ウェディングケーキなどの需要に応えられるよう、通年栽培に向く四季成りの品種であることも大きなポイントでした。
 
そんな瑞の香は出荷先の評判が高く、生産が追い付かないという話も頷けます。


のなか農園

 

エンドユーザーのニーズを汲み
さらに喜ばれるものづくりを

 野中さんの栽培で独特なのは、誰に向けてつくるイチゴなのかをハウスごとに決めているという点。
 
それというのも、ギフト向けはしっかりとした甘味が求められ、パティシエや料理人は酸味とのバランスを重要視します。
 

のなか農園

 
「1つのハウスの中でギフト用、ケーキ用を選んで収穫するのが一般的ですが、求められる味わいが異なるので、別々につくる方がより良いものができます」。
 
確かに、おっしゃる通り。
でも、甘味や酸味のバランスは、同じ品種なのにどうやってつくり分けるのでしょう。
 
「栽培には温度、湿度、光の加減が重要ですが、西日をどう入れるかが味に大きく影響することがわかりました。その調整をしながら味を仕上げていくんです」
 

のなか農園の野中剛さん
 

へー!なぜまた、そういう発見ができたのでしょう?
 
「どの作物もそうですが、不調に気づいた時に手を尽くしてもリカバリーが間に合わない場合が多い。
 
特に四季成りのイチゴは次々となるので、予見→仮説→実証→検証を常に繰り返して考えなければならない。
 
その精度を上げる中で、いろんな発見があったんです。イチゴに鍛えられたって感じでしょうか」。
 

のなか農園
 

経験値という意味では、イチゴの1回は稲の1年と同じ。
 
イチゴを通して得た豊富な知識量と理論に基づいた技術は、のなか農園の米づくり、アスパラづくりにも生かされているといいます。
 
 

イチゴ農家を増やしたい
「なつじろう」に懸ける思い

現在、野中さんは瑞の香と、道外でつくられた品種「よつぼし」を主体に栽培していますが、思い入れの深いもう1つの品種もつくり続けています。その名は「なつじろう」。
 

のなか農園▲左から「よつぼし」、「瑞の香」、「なつじろう」。野中さんは輸送中のダメージを防止するため、完熟イチゴ一粒一粒を包み込むような宙吊り構造の配送用容器を使用

 
北海道の研究機関で開発された品種で、道民であれば家庭菜園でもつくることができ、プラムのような風味もある独特なイチゴです。
 
食べてみると、イチゴの中に確かにプラムのようなニュアンスを感じます。うん、おいしい!
 
「そうでしょ!食べると好きだという人は多いのですが、古い品種で今栽培しているのは僕くらいでしょうね。名前が良くないのかなぁ(笑)」。
 

のなか農園の野中剛さん
 

瑞の香は、苗を増やすために必要なランナー(つる)が退化しやすいという性質上、増殖が難しく、広く奨励しにくい品種。
 
「なつじろうは選抜しながら苗を増やし、栽培技術も確立できたので、今後どんどんつくっていきたいと思っています。
もし、つくりたい人がいるなら、お互い信頼できる関係性ができた後に、苗をわけることも考えています」。
 

のなか農園
 

え、野中さんが育てた苗を?しかも、身につけた知識や栽培技術を、惜しげもなく教えてしまうのですか?
 
そこには、激減するイチゴ農家の現状に対し、「何かできないか」という野中さんの思いがにじみます。
 

のなか農園
 

「イチゴはほかの農産物に比べ、かかる工程が多いんです。しかも、それが毎日続く。高齢化も進み、離農する生産者が増える一方です。
 
なつじろうは忘れられている品種だけど、可能性のあるいい品種なので、つくる人を増やして復活させたい思いがあるんです。それに教えやすい品種でもあります。
 
僕も地域の先輩農家や師と仰ぐ人から教えを受けたので、イチゴ栽培に挑戦してみたいという人には、技術というか、失敗を共有できればと。失敗から学ぶことは大きいですから」。

 

新品種から広がる
つながりと可能性の輪



 のなか農園
 

実は野中さん、瑞の香以降も新たな品種開発への取り組みを続けているといいます。
 
「今、2年後のデビューを目指し、2品種の試験栽培中です。久々にホームランかな、という手応えを感じています」。
 
北海道のイチゴ品種が増えるのは、食べる側にも使う側にも嬉しい話です。
 

のなか農園の野中剛さん
 

「新品種の開発は簡単ではありませんが、やらないと運は開けないですから」。
 
野中さんが“運”と表現したのは、文字通り、やらなければ何も始まらないということ。そして、新品種を開発・登録したことで広がった良き巡り合わせも、“運”だと語ります。
 
「幅広い分野の方々と出会い、話をする機会が増えました。そこから得る情報や知識は、農業だけやっていては気づくことができないものです。発想も広がり、良いヒントをもらっています」。


のなか農園
 

実際、野中さんは地域の生産者仲間とマルシェを始めたり、居酒屋をつくったり、瑞の香を生かしたスパークリングワイン「苺泡」づくりに取り組んだりと、活動の幅がどんどん広がっています。
 
また、担い手が地域に多く戻ってきたこともあり、販路を自分たちで開拓し、近い将来は離農した畑を引き受けるなど、「同世代で地域を守りたい」という思いも強くなったといいます。
 

のなか農園の野中剛さん
 

1つのことを突き詰めた先に見えたのは、大いなる可能性とつながり。
 
野中さんがつくる瑞の香、よつぼし、なつじろう、そして試験栽培中の新品種の完成が楽しみです。
 
※のなか農園では直売はしていませんが、札幌の青果店「フレッシュファクトリー」で取り扱いがあります。札幌のパティスリー「フェルム ラ・テール美瑛」、旭川空港に近い「エスペリオ」、旭川の中華料理「正直や」、旭川・東鷹栖の「石蔵ダイニング米蔵」では、のなか農園のイチゴを使ったスイーツを提供(季節によりない場合もあります)。
 

関連リンク

のなか農園
 

「大地を創る人」とは

さまざまなおいしい食を生み出す北海道を「大地」と表現。農業や漁業、酪農業を通し、「新しい北海道を創りたい」「北海道を支えたい」「未来の北海道をデザインしたい」。そんな思いを胸に抱く北海道の生産者を、「大地を創る人」としてご紹介します。
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小西 由稀

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