
作り手は、知識、経験と気候風土から食材を生み出し、
使い手は、素材を理解し、より良く扱う技術を磨き、
食べ手は、楽しみながら食の来た道を感じ取る。
深江園子さんは、互いにいなくては困る三者の間に、
新しい関係を紡ぎ出す「繋ぎ手」です。
他に代わる人のいないその仕事の流儀を解き明かします。
一人ひとりではなくグループで
地域の「宝の山」を発信する
深江さんの仕事をわかりやすくひもとくために、ご自身が立ち上げから深く関わっている「アマムの会」のお話から。「アマムの会」は、道北の天塩川流域にある名寄、士別、美深、下川の生産者、食品製造者、料理人など14名が参加するグループ。2018年8月、地域の良質な食材の付加価値を高めること、地域の食文化の向上と発信を目的に発足しました。

事の始まりは、約3年。
深江さんは、札幌から名寄に移住し、「AOZORA料理店」を開いたシェフ・須藤民篤(すどう・たみあつ)さんからこんな話を聞きました。
「この地域には宝がいっぱいある。でも、そのことがあまり知られていない」。
「単独で道外へ売り込む力のある人が多い。でも、食の宝庫という印象は薄い」。
同じ趣味を持ち、信頼できる間柄のシェフの言葉が、「繋ぎ手」のアンテナを刺激しました。何かができそうな予感を頼りに、プランをあたため続けた深江さん。2018年7月、自らが代表を務める「みんなの地麦推進協議会」の1事業として、「小麦の輪セミナー」を名寄で開催します。
小麦をキーにした理由は、「小麦をパンやパスタに用いる使い手はもちろん、パンやパスタと一緒に使われる野菜やチーズ、肉などの作り手も参加しやすくなるから」と深江さん。作り手、使い手を対象にした取り組みは地域初にも関わらず、交流会には世代や立場も異なる25人が参加しました。
「それぞれ顔見知りだけど、こうして集まったのは初めてと、みなさんが話していました。また、その様子を見て、うれしくて胸をつまらせている地元の関係者もいました」。
交流会の成功を受けて、翌月には「アマムの会」が誕生。メンバーはさっそくFacebookを立ち上げ、数ヶ月後には、地元食材のPRイベントを主催しました。また、深江さんは、こうした活動や地域の魅力を紹介する記事を農業誌や新聞紙面に執筆。それぞれの居場所と得意な方法で、この地域の「宝の山」の発信を始めました。
グループになることで、メンバーが作るパンとバターをセットで販売できたり、商品開発に勢いがついたり。ご近所ならではの遠慮が、ほんの少し消え始めました。深江さんは、「ボランティアでみんなが関わる『アマムの会』だから、一人で背負わずに挑戦できる場になれば」と願いを明かします。
柴田書店勤務時代に学んだ
取材・ライティングの大切なこと
おいしいものの原風景-深江さんにとって、それは、お母さんが焼いてくれたクロワッサンでした。「小学校3、4年生の頃、学校から帰ると、家中にバターのいい匂いが広がっていて、ラックには焼きたてのクロワッサンが並んでいました。料理好きな母が生地から作り、手で折って焼いたもので、おいしくて、目の前で食べ物ができることにワクワクしました」。
本物の味や香りは、手で作ることができる。深江さんは、自宅にいながら、貴重な味の体験をしたのです。

「父は開業医でしたから、医院から扉一枚隔てて自宅、という造りの住まいでした。母は医院の表に出ない仕事をしながら私と妹を育て、家族のために3食作ってくれたのですが、それが大変そうというより楽しそうで、母のそばで手伝いをしていた私の目には、手仕事が実にきれいに見えました。子ども心に、料理は創造的なものだと感じたことを覚えています」。

家にあった季刊誌「四季の味」も、その後の深江さんに大きな影響を与えました。「掲載されていた料理写真を見て料理と器の美に憧れ、記事を読んで味を想像しては萌えていました(笑)」。
大学進学で上京し、就職する段になり、深江さんは「四季の味」の出版社を目指します。ところがその年は新卒の募集がなく、プロ向けの料理書籍で特に評価の高い「柴田書店」へ就職。編集、取材・ライティングを実践で学んでいきます。
「取材やライティングで重要なことは、ちゃんと通訳すること。取材前にあらすじを作り、それを成り立たせるために取材をしたり、相手の話を誇張したり色を足したりは、やってはいけないこと。取材対象者の素敵なところ、その方の仕事がどのように役に立っているかを読み手に伝えるために何を聞き、どう書くか。そこの筋道が見つかると、毎回ホッとします」。
取材対象者の思いをきちんと聞き取り、伝わるように書く。そうした仕事ぶりは、今も変わらず。その姿勢、人柄に信頼を寄せる取材対象者から、仕事や知り合いなどを紹介されることもよくあるそうです。

取材やライティングのスキルだけでなく、公平で中立な立場で声を聞き、物を見るためには、取材先からご馳走になってはいけないなど、仕事のスタンスも教わった柴田書店時代。当時の先輩や同僚とは、いまも公私にわたって交流が続いているそうです。

使い手が主役
「世界料理学会 in HAKODATE」
「作り手と食べ手を結ぶ」とはよく耳にしますが、深江さんはその間に「使い手」を置いています。ここで言う「使い手」とは、一次加工する人と料理人、パティシエ、ブーランジェの総称です。「たとえば、市場のブロッコリーに事細かな説明書が付いていたら、手を伸ばすでしょうか。でも、新鮮でとてもおいしいブロッコリーの料理を食べたら、自然と興味が湧くのでは。料理人をはじめとする『使い手』は自分らしい味覚を通して、素材の価値までも伝えていける。つまり、パワフルで持続的な発信者なんです」。
世界各地の”料理学会”(料理人が料理哲学を語るイベント)も、「使い手」である料理人の発信の場として重要なメディアです。その中で、日本で唯一、定期開催されているのが、「世界料理学会 in HAKODATE」。深江さんも実行委員の一人として長く係わっていて、8回目となる今年は10月28日(月)、29日(火)、「野生のきのこ」をテーマに函館で開催されます。


「この学会は、函館にある『レストランバスク』のオーナーシェフ・深谷宏治さんが中心となって、2009年にスタートしました。シェフがかつての修業の地、スペインのサン・セバスチャンで行われていた学会に刺激を受けて、函館で自ら立ち上げた、料理人による料理人のための会です。シェフにとっては郷里のために料理人がどう行動するか、という思いがあるのです」。
そう語る深江さんにも、函館へのある思いがありました。「函館山からの三方が海の景色も、古い街並や歴史の物語も大好き。だけど同調圧に弱い私は、この街が好きだけど馴染めない、もう窒息しそうと、東京に進学しました。子育てもしてちょっとは大人になった今、函館の人と一緒に働くことで、函館と仲良くなれるかもしれないと思ったんです(笑)」。
函館での料理学会に触発されて、2016年には佐賀県の有田市、今年の2月には東京都の豊洲、6月には岩手県の宮古市でも同様の学会や会議が開催。深江さんは、有田での学会でプレゼンターを務めました。
食をきっかけに
行動を変えられたら
深江さんの「繋ぎ手」としての活動は、さまざまな境界を越え、広がっています。その一部を写真とともにご紹介します。


食という分野は、「味わう楽しみを介して、本当のことを伝え、行動を変えるよう促せるジャンル」と、深江さんは語ります。
目の前にある食材がたどってきたルートをさかのぼり、使い手や作り手の気持ちや現場の様子を知ることができれば、リンゴ一個を選ぶにしても今よりも慎重になるでしょう。そうした日常のささやかな行動が少しずつでも変わっていけば、食にまつわるさまざまな問題の”行方”も変えられるかもしれない。そうしたきっかけを提供することが、「繋ぎ手」の仕事のように思えてきました。
「おいしいものを食べ続けたいなら、きちんと考える、良い食べ手にならなくては」。
今回の取材で一番ハッとした言葉です。あなたには、どう響きますか?

関連リンク
・officeYT・officeYT Facebook
・第8回世界料理学会 in HAKODATE Facebook
北海道Likersライター 佐々木葉子
撮影 / 北海道Likersフォトライター 髙田美奈子
写真提供 / officeYT
Writer