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公開 | チバタカコ

七飯町道の駅隣りに誕生、「THE DANSHAKU LOUNGE」

七飯町道の駅隣り「THE DANSHAKU LOUNGE」、男爵ラウンジ
 
 
北海道を代表する農産物、じゃがいも。中でも有名なのは男爵いもですが、この男爵いも発祥地がどこで、なぜ「男爵」という名前なのか、知っていますか?名前の由来となった川田男爵のミュージアムと、レストランやショップが融合した「THE DANSHAKU LOUNGE」を紹介します。

 

目次

・「THE DANSHAKU LOUNGE」は、七飯町道の駅隣り
・すべては、川田男爵へのリスペクト
・新しい文化を地域の人たちのために
・男爵いもコロッケで男爵になる?
・川田龍吉、恋とラブレターと金髪


 

「THE DANSHAKU LOUNGE」は、
七飯町道の駅隣り

THE DANSHAKU LOUNGE」(以下、男爵ラウンジ)は、2019年4月25日にオープンした、ミュージアム・レストラン・ショップが融合した施設です。
 

七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」▲七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」
 

まず、このネーミング「THE DANSHAKU LOUNGE」(男爵ラウンジ)は、男爵いもの生みの親、川田龍吉(かわだ りょうきち)男爵が由来。
 
施設内のミュージアムには、その川田男爵に関するものが展示されています。
 

七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」内観▲施設内は、柱のない大空間
 

七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」ミュージアムコーナー▲ミュージアムコーナー
 
 
レストランでは、道内や近郊の食材を使い、肉メニューが中心のグリル料理が味わえ、テイクアウトコーナーでは、男爵いもを使ったコロッケやフライドポテトなども。


男爵ラウンジのレストラン▲レストランスペース
 

七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」テイクアウトコーナー▲テイクアウトコーナー
 

ショップは、地元のお土産や物産品ではなく、道内・全国から「これだ!」というものをこだわり選び抜いた、まるでセレクトショップのようです。
 

七飯町、国道5号線沿い、道の駅「なないろ・ななえ」の隣りに誕生した「男爵ラウンジ」ショップ
 

川田男爵所縁のアイテムが展示され、レストランやショップもある「男爵ラウンジ」が、なぜ、いま、ここに誕生したのか?
 
話をうかがうと、熱い物語がありました。

 

すべては、川田男爵へのリスペクト

「男爵ラウンジ」と聞いて、函館エリアの人なら「男爵?あれ?」と思った人もいるかもしれません。
 
JR函館駅から徒歩3分のところにある「HAKODATE男爵倶楽部HOTEL&RESORTS」(運営:(株)男爵倶楽部)の関連会社、(株)DANSHAKU LOUNGEが「男爵ラウンジ」を運営しています。

社名もホテル名もこのラウンジも「男爵」というのには、何か意味はあるんだべか?
 

男爵ラウンジ支配人、鍵谷孝之さん▲男爵ラウンジ支配人、鍵谷孝之さん
 

「弊社の木村会長のお父さんと川田家は古くから親交があり、川田龍吉が経営していた会社を引き取った経緯があるんです」

と話してくれたのは、男爵ラウンジ支配人・鍵谷孝之さん。
 
「そして、今は閉館していますが、北斗市で『男爵資料館』という私設の資料館を運営していたのも弊社なんです」。
 
川田男爵は、明治時代に不況で喘いでいた函館ドッグを再建し、アメリカなどから大型農機具を輸入して北海道農業の近代化に貢献。種いもを輸入して日本の気候風土でも栽培できるよう品種改良するなど、北海道発展に大きな功績を残しました。
 
川田男爵の農場は渡島当別(現北斗市)にありましたが、種いもの作付けをしたのが七飯町だったので、七飯町が「男爵いも発祥地」とされています。
 

七飯町鳴川の赤松街道に建つ「男爵薯発祥の地」記念碑▲七飯町鳴川の赤松街道に立つ「男爵薯発祥の地」記念碑
 

男爵ラウンジの前にある男爵いもの街灯▲男爵ラウンジの前にある男爵いもの街灯
 

木村さんは、川田男爵が北海道に残した功績を後世に伝えたいと、川田男爵が実際に使っていたアメリカ製農機具や用具、生活用品・雑貨などを集めて、北斗市に私設で「男爵資料館」を開館したそうです。
 
川田家と親交があった木村さんは、川田男爵の人柄、業績、北海道への貢献度などを代々伝え、それはそれは現社長にも受け継がれました。
 
やがて2014年、「男爵資料館」は老朽化により閉館。それと同時に、男爵いも発祥地である七飯町で、川田男爵の功績を伝える何かができないだろうか、という取り組みが始まったそうです。
 

男爵ラウンジ支配人、鍵谷孝之さん▲「川田男爵へのリスペクトがいっぱい詰まっています」と鍵谷さん
 

「そうやってあれこれ考えていた時に、町の民間活力導入事業の話があり、七飯町で川田男爵の功績を伝えながら、町を盛り上げたい!と考えました。その審査を経て完成したのが『男爵ラウンジ』です」(鍵谷さん談)。

 

新しい文化を地域の人たちのために

男爵いもの生みの親をリスペクトしているなら、扱っているものはやはりじゃがいも関係?と思いきや、そうではありません。
 
ショップで販売しているのは、北海道や地元・七飯町にこだわらず、全道・全国からセレクトした雑貨や食品。
 
その理由を鍵谷さんは
 
「地域の人たちに普段使いをしてほしいのと、あまりこの辺りで見たり、売っていたりしない新しいものを揃えることで、新しい文化を七飯の人たちに知ってもらいたい」
 
と話します。
 
 
男爵ラウンジの暖炉▲「男爵ラウンジ」の真ん中には、自由にくつろげるスペースが。火のあるところに人は集うことから、暖炉を設置
 

男爵ラウンジの案内板▲素敵なものに出会えそうな予感がする案内
 

男爵ラウンジで販売しているベビポタ▲北海道Likersでも紹介したベビポタがありましたよ!

 
取材時(2019年6月)は、商品アイテムが400程でしたが、7月以降に倍に増やすとのことでしたので、これから「男爵ラウンジ」に行くと、もっと新しい発見が増えているかもしれません。

 

男爵いもコロッケで男爵になる?

館内に入ると、ぷ~んと薪をくべた匂いがしたので、てっきり真ん中の暖炉かと思ったら、この匂いはレストランからでした。
 
肉を焼くのに「薪グリル」を使用しており、その薪は、七飯町のりんごの木を使っています。
 
「薪を燃やすと、ほのかにりんごの匂いもしますよ」と鍵谷さん。
 
そしてここに寄ったら、ぜひ食べて、そして楽しんでほしいのが、これ!
 
 
スタッフの西家美咲さんが持っているのは、男爵いもコロッケ300円▲スタッフの西家美咲さんが持っているのは、男爵いもコロッケ300円
 

とてもおいしい男爵コロッケなのですが、これにかぶりつくと…。
 

スタッフの西家美咲さん▲ひげが!

 
まるで男爵のひげのように見えるという仕組み。
 
映えるでしょ?

 

川田龍吉、恋とラブレターと金髪

ところで川田男爵ですが、ミュージアムを見ると、彼の人柄や北海道に残した功績の大きさが実によく見えてきます。
 

川田龍吉男爵▲川田龍吉男爵(1856年~1951年)、土佐(現高知県)生まれ。慶應義塾大学卒業後、造船技術を学ぶためにイギリスに留学。帰国後は三菱製鉄所、日本郵船機関を経て、横浜ドック社長に就任。勇退後、北海道農業近代化に尽力。渡島当別(現北斗市)の自宅で生涯を閉じる。享年95。
※写真提供:男爵ラウンジ
 

ミュージアムは、閉館中の「男爵資料館」から移設したもので、約800点程が展示されています。ちなみに、「男爵資料館」には、まだまだこの倍の資料が保管されているとのこと。
 

男爵ラウンジのミュージアムコーナー▲壁沿いに歩くと、川田男爵の歴史がよくわかるようになっています
 

大型の農機具から、手作業用の小型用具まで、実際に使っていたものばかりです。これらをすべて私財で輸入し、集めたというから、農業に対する本気度はいかほどだったことか。


川田龍吉男爵のミュージアムコーナー2
 

川田龍吉男爵のミュージアムコーナー3
 
 
注目したいのは、北海道初の自動車「ロコモビル」。川田男爵は、日本人初の自動車オーナードライバーで、自分で運転して函館~北斗市、七飯町を行き来していたとか。
 
アメリカから大型農機具を輸入したり、馬が主流だった時代にロコモビルを手に入れたりと、意外と新しもの好きだったのかも…と、想像します。
 
 
男爵ラウンジにある北海道初の自動車、ロコモビル▲北海道初の自動車、ロコモビル。日本機械学会より「国内最古の自家用乗用自動車」として機械遺産の認定を受けているそうです

 
そして展示の一番の目玉は、イギリス留学時代に知り合った恋人、ジェニーとの恋文。
 

男爵ラウンジにあるジェニーからのラブレター▲ヒラヒラしているのが、ジェニーからのラブレターのコピー。全部で90通
 
 
川田男爵が亡くなってから数年後に発見された金庫の中に、ジェニーからのラブレターと金髪が大切に保管されていたそうです。
 

男爵ラウンジにあるラブレターと金髪が保管されていた金庫▲ラブレターと金髪が保管されていた金庫
 

当時、国際結婚なんてほとんどない時代です。
 
結局父親の大反対で結婚は叶わず、川田男爵は日本人女性と結婚します。
 
令和になって、まさか大切にしていたラブレターがこんな風に展示されるなんて思ってもいなかったでしょうが、それほど秘めた情熱を持った人だったと想像すると、「川田、やるな!」と親しみがわく人もいるのでは?
 

男爵ラウンジにあるラブレター▲ラブレター公開は、川田男爵の子孫の方に、きちんと許可をいただいているそうです

 
北海道で活躍した歴史上の有名人で国際結婚といえば、朝ドラのモデルにもなったニッカウヰスキーの竹鶴さんとリタさんを思い出します。
 
彼らは幸せに結婚できましたが、川田男爵は…。
 
そう考えると、また勝手にいろいろな妄想が広がりそうです。
 
北海道Likersは、俄然、川田男爵について興味がわいてきたので、また別の機会に、川田男爵についてきっちり取材したいと思います。
 
お楽しみに!
 
 

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