
1975年に釧路で創業した株式会社笹谷商店は、北海道の水産加工最大手。
この7月、地元への恩返しの気持ちをこめて、同社が建設中の「釧之助本店」に水族館をオープンさせます。
専務取締役の笹谷剛さんに、ものづくりにこめた熱い想いを通して、これまでの歩みをお聞きしました。
小学生の意外な一言に発奮
「いくらはいくらでも、ここのは別格」。道産子も太鼓判を押す、笹谷商店の看板商品が「いくら醤油漬け」。
おいしさの秘密は、作り方の違いにあるはず。さっそく、笹谷さんに聞いてみました。

「まず秋鮭の調達ですが、これは社員が自ら行います。釧路沖から遠くは知床方面まで車で向かい、水揚げ直後の秋鮭を買い付け。昼前には釧路の工場へ搬入し、すぐに加工開始です」。


「いくら醤油漬け」のおいしさの決め手は、たれ。「当社のたれは、醤油をベースに各種のだしをブレンドしています。何のだしか、ですか? それは企業秘密なので、言えないんです」と笹谷さん。原料の供給メーカーとの間でも守秘義務契約を結んでいるというのですから、これ以上は聞けません。

特製のたれに漬け込んだいくらは特注のステンレス製ザルにあけ、24時間かけて熟成させます。「この間に、たれの余分な水分をしっかり切ります。ここがとても重要なポイントで、こうすることで生臭さのない、おいしいいくらになるんです」と笹谷さんは語り、こんな話も聞かせてくれました。
「子どもってだいたい、いくらが好きですよね。それがある時、『いくらは生臭くてイヤ』と言う小学生がいて、ものすごくショックでした。その子が喜ぶいくらを作りたいと、製法から保存法まで徹底的に研究しました」。



釧路で獲れる良質な魚をよりおいしくする
背が高く、がっちりした体形の笹谷さん。「小学生から高校を卒業するまでアイスホッケーをやっていて、高校では全国優勝も経験しました」という経歴にも納得です。推薦入学で日本大学商学部に進み、ホッケー部に入部。文武両道の4年間で社会科の教員免許も取得しましたが、「体育の先生になって、アイスホッケーを子どもたちに教えたい」という夢を捨てきれず、日本大学の文理学部でさらに学び、体育科の教員免許も取得しました。
「ところが時代は就職難で、教員試験は競争率約100倍。元プロのアスリートなども受験していました。二度トライしましたが、結局あきらめました」。

笹谷さんが釧路に戻ったのは24歳の時。その頃笹谷商店は、自社商品の開発にも力を注ごうという気運が高まっていました。
「鮭に塩を振って市場に卸すといった一昔前のやり方から、付加価値を高める“一歩踏み込んだ加工”に挑戦する」と、新たな目標を持った笹谷さん。商品開発に意欲的に取り組み、やがて誕生した商品が「釧鯖(せんさば)」です。
「釧鯖」は、釧路沖で漁獲され、釧路港に水揚げされた鯖だけが名乗れるブランド名。脂質は20%以上、水揚げ量が少ない入手困難な鯖です。

笹谷商店では、この「釧鯖」を特殊なシートで包み、低温で一昼夜熟成させながら干したものを提供しています。笹谷さんは、「このシートが生臭み成分は取り除き、旨みは素材の中に閉じ込めるという素晴らしい働きをしてくれるんです」と満足そうに語ります。

「釧鯖」に続くブランド魚として、笹谷さんがいま最も期待をかけているのが「大鵬いわし」。釧路港で水揚げされた、脂乗りの良い特大サイズの真いわしの呼称で、笹谷商店では絶妙な塩加減と干し加減で一夜干しにして販売しています。

横綱のしこ名にもなった大鵬は、中国に古くから伝わる伝説の鳥。もともとは北の海に棲む巨大な魚で、その魚が巨大な鳥(鵬)に姿を変え、南下するという逸話をもっています。「釧路沖で獲れた特大のいわしが津軽海峡を渡り、本州へ南下していくイメージがわいた」という笹谷さんが名付け親です。
「良質な魚が手に入る釧路だからこそ、そこで商いをする店としては、その魚をよりおいしくする加工を究めたい」。笹谷さんの言葉からは、闘志にも似た心意気が伝わってきます。
魚を味わう文化の発信拠点「釧之助本店」オープン
ここまでご紹介してきた笹谷商店の味は、釧路市内にある直営の「釧ちゃん食堂」で味わうこともできます。「釧鯖」や「大鵬いわし」が焼きたてで登場する定食をはじめ、笹谷商店のいくら醤油漬けと旬のネタが競演する「海鮮丼」、特製の漬け魚の定食など、どれもこれもおいしそうで選ぶのに悩むほど。

笹谷商店の商品は、「釧ちゃん食堂」内の売店や、釧路市と道南・乙部町にある直売ショップ「釧之助(せんのすけ)」でも販売していて、「釧之助」では売れ筋を中心に、その日水揚げされたばかりの鮮魚、珍味なども取り揃えています。
「自社で直営ショップを持てば、お客様の声を直接聞けます。ちょっとしょっぱいねと言われれば、薄味に変えてみるなど、改善のためのヒントをいただく場としても役立てています」。

この夏には、釧路市の隣町・釧路町に「魚を味わう文化の発信拠点」を目指す「釧之助本店」がオープンします。

本店は2階建で、釧路圏では初となる水族館も趣向を凝らして登場。ショップと飲食店、釧路名物「炉端」を体験できるバーベキューコーナーも設けるほか、マグロ解体ショーなどでつくりたて、切りたての刺し身を提供するという構想もあるそう。
「釧路に恩返しをしたいという父の希望もこめた施設です」。
北海道屈指の港町・釧路で、海からの贈り物とのおいしい出会い、楽しい想い出をつくってほしい。
笹谷さんの夢はまだまだ続きます。

関連リンク
・笹谷商店・釧之助(オンラインショップ)
・釧之助Facebook
北海道Likersライター 佐々木葉子
撮影 / 古瀬桂 株式会社GAZEfotographica
写真提供 / 笹谷商店