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公開 | チバタカコ

伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町の「洞爺湖有珠山ジオパーク」~北海道のジオパークへ行こう!(4)

洞爺湖有珠山ジオパーク  
 
ジオパーク、それはジオ(Geo)=地球、大地のパーク(Park)=公園。北海道にはいま、ユネスコ世界ジオパークが2ヵ所、日本ジオパークが3ヵ所あります。北海道の大地と自然を五感で体感できるジオパークへ行ってみませんか?日本初のユネスコ世界ジオパーク認定地「洞爺湖有珠山ジオパーク」へGO!

 

伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町の「洞爺湖有珠山ジオパーク」とは

「洞爺湖有珠山ジオパーク」は、伊達市・豊浦(とようら)町・壮瞥(そうべつ)町・洞爺湖(とうやこ)町の4市町全域がエリアに指定されています。2009年に、糸魚川ジオパーク(新潟県)、島原半島ジオパーク(長崎県)とともに、日本で初めて「世界ジオパーク」として登録されました。洞爺湖有珠山ジオパークのテーマは「変動する大地との共生」。その一番の特徴は、なんといっても「火山」。支笏洞爺国立公園内にあり、今もなお活動を続ける活火山「有珠(うす)山」を中心に、火山がもたらすたくさんの大地の恵み、そこで暮らす人たちの営みなど、人と火山との共生を見て、感じて、触れて、そして学ぶことができるダイナミックでスケールの大きなジオパークです。

 

伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町の4つの市町は魅力満載!で、どこから行くべ?

「ジオパークへ行ったなら、まずはビジターセンターで情報収集だ!」と、様似、鹿追、白滝で学んだ北海道Likersは、今回も迷わずビジターセンターへ…と思ったら、洞爺湖有珠山ジオパークは、伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町の4つの市町に広がり、どこから行っていいのかわからない!さて、困ったぞ…と、洞爺湖有珠山ジオパークの公式サイトを見ていたら、そこに9つのモデルコースが紹介されていました。コースの回り方や所要時間などが親切にまとめられており、洞爺湖有珠山ジオパーク初心者には、まずはこれがとっかかりになると思いました。
北海道Likersが選んだのは、所要時間3~4時間のモデルコース1「火山と大地の恵みコース」。さっそく、札幌から道央道を利用して洞爺湖方面に向かい、伊達ICで降りてスタート地点の「道の駅 そうべつ情報館i」に向かいました。

 
道の駅 そうべつ情報館i▲道の駅 そうべつ情報館i
 

「道の駅 そうべつ情報館i」は、道の駅であると同時に、洞爺湖有珠山ジオパークに関する情報を得ることができる施設。2階には、北海道大学名誉教授で、2000年の有珠山噴火を予測した岡田弘先生が集めた、火山と防災に関する資料などが展示されています。それを見ていると、壮瞥町の人たちが火山と共に暮らしてきた歴史がわかります。


道の駅 そうべつ情報館i▲道の駅 そうべつ情報館iに、洞爺湖有珠山ジオパークの情報コーナーがあり、パンフレットなどを入手することができます

 
道の駅 そうべつ情報館i▲道の駅 そうべつ情報館iの2階は「火山防災学び館」

 
壮瞥町といえば、道内でも屈指の果物の産地。火山がもたらす肥沃な大地は、水はけがよく、おいしい果物や農作物を育てることができます。
 

壮瞥町のぶどう▲壮瞥町では果物狩りが楽しめます。火山の恵みは、おいしい果物を私たちに提供してくれます


モデルコースでは、そうべつ情報館iの次は、壮瞥町で果物狩りですが、取材時はちょうどイチゴ狩りがほぼ終わり、サクランボ狩りにはちょっと早いという時期だったので、残念ながら果物狩りはスキップ。これからならサクランボ、8月頃はプラムやモモ、9月になるとブドウ、リンゴ、ナシなど、果物狩りが楽しめます。

 

昭和新山を観察し続けた三松正夫

次に向かったのは、昭和新山の麓にある「三松正夫記念館」。三松正夫は、壮瞥町で郵便局長をしていた人で、1943年~1945年の火山活動で畑が隆起してできた昭和新山が成長する様子を、詳細に観察し記録に残しました。

 
三松正夫記念館▲三松正夫記念館
 

彼が残した定点観察スケッチは「ミマツダイヤグラム」と呼ばれ、火山誕生の記録として世界的にとても貴重な資料です。三松正夫記念館には、そのミマツダイヤグラムが展示されています。

 
三松正夫記念館のミマツダイヤグラム▲三松正夫記念館のミマツダイヤグラム
 

とても小さな記念館ですが、そこにある資料や展示物はとてつもなく大きな意味があるものばかり。火山に畏怖の念を抱き、けれどもその存在に敬意を払い、洞爺湖有珠山ジオパークのテーマである「変動する大地との共生」を、三松正夫は昭和18年の時点ですでに実行していたのだと思いました。
三松正夫記念館については、また改めて紹介しますね。

 

有珠山ロープウェイで有珠山山頂へ

モデルコースの目玉は、有珠山ロープウェイ。片道6分のロープウェイに乗り山頂へ向かいました。

 
有珠山ロープウェイ▲有珠山ロープウェイ
 

ここで、洞爺湖有珠山ジオパーク初心者の北海道Likersに強力な助っ人登場!

 
洞爺湖有珠山マイスターの飯田理さん(左)と洞爺湖有珠山ジオパークの加賀谷にれさん▲洞爺湖有珠火山マイスターの飯田理さん(左)と洞爺湖有珠山ジオパーク推進協議会の加賀谷にれさん
 

有珠山ロープウェイでは、有料のガイドツアーを行っています。これは基本的に15人以上の団体で催行されるもので、個人ガイドはありません。今回は、特別に案内してもらいました。

 
ロープウェイの中から見た昭和新山▲ロープウェイの中から見た昭和新山
 

洞爺湖は、今から約11万年前に巨大な噴火が発生して誕生したカルデラ湖です。約5万年前に洞爺湖の真ん中ほどにある中島溶岩ドームができ、約2万年前に洞爺湖の南岸に有珠山が誕生しました。7~8千年前に、有珠山は山体崩壊を起こし、以後しばらく噴火活動を休んでいました。

 
1943年、畑が隆起してできた昭和新山▲1943年から、畑が隆起してできた昭和新山

 
1663年に活動を再開した有珠山は度々噴火を繰り返し、1943年、畑が隆起して昭和新山が誕生しました。「昭和新山」と呼んでいますが、正確にはこの山は有珠山の一部だそうです。そして、記憶にある人も多いかと思いますが、1977年、有珠山山頂から噴火。噴煙の高さは最高12,000 mまで達し、地殻変動や土石流など、近隣市町に大きな被害を与えました。
 

1977年の有珠山噴火▲1977年の有珠山噴火。噴煙の高さは最高12,000 mまで達しました
※提供写真


この時、有珠山の山頂の一部が北東部に200mほど動いたそうです。戦国大名・武田信玄の軍旗にあった風林火山では「不動如山(動かざること山のごとし)」とありますが、ここでは山は動くのです。これこそ、変動する大地です。
 

200m動いた有珠山▲赤く囲ったところが、1977年の噴火でせり出した部分。噴火前は、ここに山はなかったので、洞爺湖を一望することができたそうです
 

ロープウェイ山頂駅には「洞爺湖展望台」があり、そこからは眼下に昭和新山や洞爺湖を眺めることができます。ここからの眺めは圧巻!しばし言葉を忘れます。が、昭和新山のあるところは、もともとは平地な畑で、火山活動によって隆起した山だと意識すると、大地のパワーを感じずにはいられません。

 
眼下に昭和新山と洞爺湖▲眼下に昭和新山と洞爺湖
 
 
ロープウェイ山頂駅から「遊歩道」を散策すると、1977年の山頂噴火で誕生した大有珠、小有珠、有珠新山、銀沼火口を間近に見ることができます。また、火山原展望台からは、内浦湾(北海道地図の左側下の、ぐぐぐ~っと湾曲した湾)が一望できます。

 
外輪山遊歩道▲遊歩道はきれいに整備されているので、登山のような特別な準備がなくても気軽に散策することができます
 
 
銀沼大火口

銀沼大火口▲銀沼火口からは、今も水蒸気があがっています
 

小有珠

今なお水蒸気を上げる銀沼火口やむき出しの山肌を見ていると、「今噴火したらどうしよう…」とちょっと不安になります。が、「変動する大地との共生」とは、何も火山を恐れるだけではないということを、飯田さんは教えてくれました。

 
洞爺湖有珠山マイスターの飯田理さん▲わかりやすく資料を片手に説明してくれる飯田さん
 

「火山は確かに恐ろしいです。が、それを補ってなお余りあるメリットがあることも事実。火山があるおかげで、こんなに美しい景観が生まれ、大地は肥沃になり、おいしい果物や野菜が育ちます。内浦湾の漁業や温泉も火山の恵みです。私たちは、自分たちが住んでいるところを、きちんと知り、学び、そのうえでしっかりとした災害対策をしています。自然に耳を傾け、地球の声を聞く。それが、変動する大地と共生するということだと思います」(飯田さん談)。
 

山頂駅にある防災シアター▲有珠山ロープウェイ山頂駅にある防災シアター。このエリアで防災や減災に携わった「人」にスポットをあてて紹介しています
 

2000年の有珠山噴火
▲2000年1月31日防災噴火、青葉地区からみた状況。この時、日ごろの観察から噴火が予知され、周辺市町の防災教育が活かされて、人命の被害はありませんでした。
※提供写真


ところで、眼下に見える昭和新山ですが、すそ野は緑が広がっているのに、真ん中から山頂までは赤い岩肌が出たままです。誕生から70年以上経つと、下から徐々に木々が生えてきて、あと数年もしたら、こんもりした緑の山になるのか?と思い、尋ねたところ、赤い部分の中は今もまだ高温(熱)を保ったままとのこと。「なので、昭和新山は冬でも雪が積もらないでしょ?」と加賀谷さんに言われて、初めて気づきました。
 

夏の昭和新山▲夏の昭和新山
 

冬の昭和新山▲冬の昭和新山。確かに雪が積もっていません
 

ここが今もなお変動している大地なのだということを、改めて実感しました。

 

火山遺構公園で噴火の恐ろしさを知り、そして学び、活かす

有珠山ロープウェイを後にし、次に向かったのは「1977年火山遺構公園」。ここは、1977年の有珠山噴火の地殻変動で倒壊した病院施設が間近で見られる公園として整備されています。
 

1977年火山遺構公園。地殻変動で倒壊した病院▲1977年火山遺構公園。地殻変動で倒壊した病院
 

噴火で山が200mも動くのですから、周辺に影響ないはずがありません。この建物は、噴火数日後にひびが入り、2~3ヶ月かけてに徐々に倒壊していったそうです。
 

1977年火山遺構公園。地殻変動で倒壊した病院▲1977年火山遺構公園
 

ただの廃墟と言ってしまえばそうなのですが、なぜこうなったのか、その理由を知り、考えることで、見方はガラリと変わります。そして、こうした災害の跡を残し、次の世代に継承していくことが、飯田さんの言っていた「自分たちの住んでいるところを知り、災害対策に活かす」ことになるのだと感じました。
札幌や近郊で小学校時代を過ごした人なら、洞爺湖は修学旅行の思い出があるはずです。大人になってからなら観楓会などで洞爺湖温泉に行ったことがある人もいるのではないでしょうか。それだけ身近な温泉観光地ですが、ジオパークという視点で改めて見直してみると、今まで気づかなかったことがたくさん見えてきます。変動する大地とは何か、火山と共生するとはどういうことなのか、火山の恵みである温泉にでも浸かりながら、たまにはじっくり考えてみませんか?

 

洞爺湖有珠山ジオパークへの入り方はいろいろあります

北海道Likersは、洞爺湖有珠山ジオパークの公式サイトにあったモデルコースを参考に、札幌から車で、まずは壮瞥町に入りました。その場合「道の駅 そうべつ情報館i」が、ビジターセンターの役割を果たしてくれて、いろいろな情報を得ることができました。が、例えば道外から来て新千歳空港から車で直接向かった場合、伊達市の「道の駅 フォーレスト276大滝」が情報基地として役に立ちます。道央道伊達ICで降りてそのまま伊達市内に入れば、「道の駅 だて歴史の杜」がその役割を果たし、直接洞爺湖に向かうなら「火山科学館 洞爺湖ビジターセンター」が、函館方面から来たら「道の駅 とようら」があります。

 
豊浦町の小幌洞窟▲豊浦町の小幌洞窟。海底火山から噴出した溶岩や火山灰が堆積した層を波が削ってできた洞窟で、円空が5体の仏像を彫って安置したと言い伝えられています
 
 
伊達市の北黄金貝塚公園▲伊達市の北黄金貝塚公園。約7000年~4500年前の縄文前期・中期の集落遺跡
 

このように、エリアが広い洞爺湖有珠山ジオパークは、市町ごとに情報発信をしている施設があります。それぞれのエリアで見どころ、巡りどころが異なるので、いっぺんにあれもこれもは無理ですが、季節を変えて、ぜひ何度も足を運んでみてはいかがでしょうか。
また、洞爺湖有珠山ジオパークでは、さまざまなガイドツアーが行われてるので、それらをうまく活用するのもおススメです。

 

北海道のジオパークとは

北海道にはいま、5ヵ所のジオパークがあります。ユネスコ世界ジオパークに認定されている、洞爺湖有珠山ジオパーク(伊達市・豊浦町・壮瞥町・洞爺湖町)、アポイ岳ジオパーク(様似町)、日本ジオパークに認定されている、白滝ジオパーク(遠軽町)、三笠ジオパーク(三笠市)、とかち鹿追ジオパーク(鹿追町)です。

 

北海道博物館特別展「ジオパークへ行こう!」

7月9日(土)~9月25日(日)、北海道博物館で北海道のジオパークを展示、紹介する特別展「ジオパークへ行こう!~恐竜、アンモナイト、火山、地球の不思議を探す旅~」が開催されます。この特別展を見てから、道内各地のジオパークへ行くか、それとも各地のジオパークへ行ってから特別展に行くか。行ってから見るか、見てから行くか、悩ましいところですが、道内の人も道外の人も、この機会にぜひ北海道のジオパークを体験してみてください。

 

関連リンク

洞爺湖有珠山ジオパーク 
北海道博物館
白滝ジオパーク
とかち鹿追ジオパーク
アポイ岳ジオパーク
三笠ジオパーク
日本ジオパークネットワーク
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