日本ではまだ珍しいヤギのミルクでチーズをつくる職人・齋藤真さんに会いに、十勝・清水町にある「十勝千年の森 ランラン・ファーム」を訪ねました。
▲齋藤さんの元に集まる今春生まれたばかりの子ヤギと子羊
▲取材の2日前に生まれたばかりの子ヤギ。取材スタッフ一同、「かわいい~!」を連発
シェーブル(ヤギ)チーズに対し、独特の香りやクセが苦手…という印象を持つ人が多いかもしれません。ですが、齋藤さんのシェーブルは、みなさんの記憶の中の味よりも、ずーっとやさしい味わい。熟成が若いうちは爽やかな酸味を楽しめ、熟成が進むとコクが増して断然おいしくなるのです。既存のシェーブルの印象を良い意味で裏切る、そこが高く評価されています。
▲真っ白なヤギ乳チーズの表面に灰をまぶし、まろやかに仕上げた「十勝シェーブル・炭」。ランラン・ファームの代表的なチーズ(上)。ご近所の佐藤牧場の牛乳を使ったチーズも製造。ゴーダやラクレットなどのタイプが(下)
「チーズ製造の担当者は別にいて、自分は工房の洗い物や忙しい時に手伝う程度。その5年後に、自分がチーズ製造の責任者になるとは、その時はまったく思っていませんでした」。
▲搾乳の様子。牛と比べると体もおっぱいも小さなヤギ。たっぷりミルクが出る場合は器械で、そうではない時は手で搾る
チーズ製造者の退職により、ヤギの世話に加え、チーズもつくることになった齋藤さん。製造工程はわかっていたものの、前任者が残したレシピに忠実につくっても、なぜかおいしいチーズができないのが悩みでした。
「もったいないことですが、軽トラいっぱいのチーズをムダにしたこともありました。どこが良くないのか、とにかく無我夢中、試行錯誤の毎日でした」。
▲取材時はちょうど牛乳でゴーダ系のチーズを製造していた齋藤さん
そんな時、工房に遊びに来ていた同業者の言葉に、光を見出します。
「チーズづくりは、家づくりによく例えられるのですが、持っている道具ありきで家を建てるのか、こういう家を建てたいから材料からつくっていくのか。それまでの自分は前者でした」。
それから齋藤さんは全国のヤギ乳チーズを取り寄せては、試食。味、風味、食感、大きさなどを分析。目指す理想のチーズ像を自分の中ではっきりとさせ、材料や道具、温度や時間など、ひとつひとつひも解いていきました。
▲子ヤギがミルクを飲みやすいよう、改良を重ねた授乳台。ちなみに、ヤギは嬉しいと犬のように尻尾をふる。飲みながら尻尾は動きっぱなし
それと前後して、齋藤さんは畜舎の改善にも取りかかります。ヤギのミルクは畜舎の匂いなどが移りやすく、とてもデリケート。なので、風が強い環境を利用し、畜舎の中を常に風が通り抜けるように徹底しました。
▲出産を待つ母ヤギがいる畜舎をのぞくと、家畜独特の匂いがまったくなくびっくり!とても明るく清潔で、ヤギたちも居心地が良さそう
さらに、冬~春先の寒い時期を除き、畜舎で飼っていたヤギを放牧に切り替えることにしました。
「放牧だと毎日ミルクの状況が変わるので、チーズづくりが難しくなるといわれていたんです。それがある時、放牧をしてみたら、ヤギの体調も毛艶も良くなり、ミルクも格段においしくなったんです」。
▲ヤギの健康管理は毎日のスキンシップから。ヤギの飼育に関する本はほとんどなく、入社当時は手探り状態だったという
ランラン・ファームでは現在、約100頭のヤギを飼育。広大な放牧地には牧草もありますが、ヤギたちは笹やフキの葉が大好物。北海道らしい野の草を食べ、北海道らしいシェーブルチーズがつくられていくのです。
▲酸凝固させた後、塩を直接ふるのがシェーブルタイプの特徴(見えますか、塩の粒々)。ランラン・ファームでは、なんとフランス・ゲランドの塩を使用!
「世界には無数の乳酸菌があって、どの乳酸菌を使うかでチーズの風味が決まってくるんです。酸凝固を究めるには、やはりオリジナルの乳酸菌を見つけたい。今ある乳酸菌を混ぜたり、植え継いだりしながら、安定した強い、そして独自の乳酸菌探しをする日々です」。
▲こちらは牛乳を酸凝固させ、灰をまぶした「牛鐘(カウベル)」というチーズ。熟成が若いうちは、ホロホロとした食感。これが酸凝固チーズならではの特徴
とはいえ、乳酸菌は200種類以上あるといわれ、それをかけ合わせると、その種類は無限大!
「それでも、やって失敗しなければ見えてこない世界があるんです。失敗から何を学ぶのか。いちいち凹んでいたらやっていられません」。
チーズ職人が持つ、科学者的な一面が垣間見えました。
「試行錯誤して見つけた乳酸菌でチーズをつくって熟成すると、こんなきれいな層(下記の写真参照)が生まれるんです。国産ではこんな風に長期熟成させたチーズを販売している工房はまだないんです。酸凝固の長期熟成チーズをつくるのが、僕の夢であり目標でもあります」。
▲右が熟成10日目の酸凝固チーズで、左が3週目。きれいな層ができている
「自分が本当においしいと思うものを送り出したい。そして、まだ誰も手がけていないチーズをつくりたい」。その夢に一歩ずつ近づきつつある齋藤さん。今後どんな酸凝固の熟成チーズがランラン・ファームから生まれるのか、乞うご期待!
▲命を育み、チーズ製造にも尽力する齋藤さん。この子ヤギが母ヤギになる頃には、齋藤さんの夢は叶っている!?

シェーブルの印象を変えたランラン・ファームのヤギ乳チーズ
まだ山に雪が残る春先は、ヤギの出産シーズン。齋藤さんがもっとも忙しい時季です。出産を控えた母ヤギに気を配り、生まれた子ヤギたちの世話をし、そして母ヤギは春~秋にしかミルクを出さないため、ヤギ乳のチーズ製造も始まります。
シェーブル(ヤギ)チーズに対し、独特の香りやクセが苦手…という印象を持つ人が多いかもしれません。ですが、齋藤さんのシェーブルは、みなさんの記憶の中の味よりも、ずーっとやさしい味わい。熟成が若いうちは爽やかな酸味を楽しめ、熟成が進むとコクが増して断然おいしくなるのです。既存のシェーブルの印象を良い意味で裏切る、そこが高く評価されています。

飼育担当からチーズ担当へ。試行錯誤の日々
齋藤さんは群馬県出身。野生動物など環境について学ぶため、群馬大学から帯広畜産大学に編入。卒業後はランラン・ファームに入社。当初はヤギの世話を担当していました。「チーズ製造の担当者は別にいて、自分は工房の洗い物や忙しい時に手伝う程度。その5年後に、自分がチーズ製造の責任者になるとは、その時はまったく思っていませんでした」。

チーズ製造者の退職により、ヤギの世話に加え、チーズもつくることになった齋藤さん。製造工程はわかっていたものの、前任者が残したレシピに忠実につくっても、なぜかおいしいチーズができないのが悩みでした。
「もったいないことですが、軽トラいっぱいのチーズをムダにしたこともありました。どこが良くないのか、とにかく無我夢中、試行錯誤の毎日でした」。

そんな時、工房に遊びに来ていた同業者の言葉に、光を見出します。
「チーズづくりは、家づくりによく例えられるのですが、持っている道具ありきで家を建てるのか、こういう家を建てたいから材料からつくっていくのか。それまでの自分は前者でした」。
それから齋藤さんは全国のヤギ乳チーズを取り寄せては、試食。味、風味、食感、大きさなどを分析。目指す理想のチーズ像を自分の中ではっきりとさせ、材料や道具、温度や時間など、ひとつひとつひも解いていきました。

それと前後して、齋藤さんは畜舎の改善にも取りかかります。ヤギのミルクは畜舎の匂いなどが移りやすく、とてもデリケート。なので、風が強い環境を利用し、畜舎の中を常に風が通り抜けるように徹底しました。

さらに、冬~春先の寒い時期を除き、畜舎で飼っていたヤギを放牧に切り替えることにしました。
「放牧だと毎日ミルクの状況が変わるので、チーズづくりが難しくなるといわれていたんです。それがある時、放牧をしてみたら、ヤギの体調も毛艶も良くなり、ミルクも格段においしくなったんです」。

ランラン・ファームでは現在、約100頭のヤギを飼育。広大な放牧地には牧草もありますが、ヤギたちは笹やフキの葉が大好物。北海道らしい野の草を食べ、北海道らしいシェーブルチーズがつくられていくのです。
“酸凝固”のチーズをとことん究めたい!
飼育から製造まで、さまざまに工夫を重ねてきた齋藤さんの中にあるのは、「チーズ職人として、“酸凝固”を究めていきたい」という思い。牛でもヤギでも、ミルクが固まるにはレンネットに代表される“酵素”、あるいは乳酸菌による“酸”の力が必要です。レンネットを使うとすぐに固まり始めますが、乳酸菌の場合はゆっくり、そしてゆるく固まるのが特徴です。
「世界には無数の乳酸菌があって、どの乳酸菌を使うかでチーズの風味が決まってくるんです。酸凝固を究めるには、やはりオリジナルの乳酸菌を見つけたい。今ある乳酸菌を混ぜたり、植え継いだりしながら、安定した強い、そして独自の乳酸菌探しをする日々です」。

とはいえ、乳酸菌は200種類以上あるといわれ、それをかけ合わせると、その種類は無限大!
「それでも、やって失敗しなければ見えてこない世界があるんです。失敗から何を学ぶのか。いちいち凹んでいたらやっていられません」。
チーズ職人が持つ、科学者的な一面が垣間見えました。
「試行錯誤して見つけた乳酸菌でチーズをつくって熟成すると、こんなきれいな層(下記の写真参照)が生まれるんです。国産ではこんな風に長期熟成させたチーズを販売している工房はまだないんです。酸凝固の長期熟成チーズをつくるのが、僕の夢であり目標でもあります」。

「自分が本当においしいと思うものを送り出したい。そして、まだ誰も手がけていないチーズをつくりたい」。その夢に一歩ずつ近づきつつある齋藤さん。今後どんな酸凝固の熟成チーズがランラン・ファームから生まれるのか、乞うご期待!

取材・文 / 北海道Likers ライター 小西由稀
撮影 / 北海道Likers フォトグラファー 髙田美奈子
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