「ビタミンカステーラ」~ほっかいどうお菓子グラフィティー(8)

この名前とパッケージを見て「懐かしい!」と思う人は、北海道で子ども時代を過ごした人のはず。近所の商店で手軽に買える「ビタミンカステーラ」は、駄菓子感覚のおやつとして北海道で絶大なる支持を受けてきました。でも、誕生の地が旭川であることは、意外に知られていません。

 

 
初代の高橋樫夫は、カステラ発祥の地・長崎の文明堂に12歳で奉公し、修行を積んだ実力派。その腕前を生かして全国各地の菓子屋を渡り歩き、大正6(1917)年に旭川で独立を果たしました。
 
当初は「長崎カステーラ」や「クラッカー」などを店頭で販売。のちに主力商品となる「ビタミンカステーラ」が誕生したのは、大正10年頃のことです。この頃は、普段の食事だけではまだ栄養分が充分に取れない時代でした。
 
そこで、安くて栄養価の高いものを、と初代が生み出したのが「ビタミンカステーラ」です。形は普通のカステラに似ていますが、日持ちするように工夫し、さらに当時不足がちだったビタミンB1、B2を加えて発売しました。

 

 
その大衆的な価格と本格的な味わいに、栄養素も加わったこのカステラは、やがて広く道民の間に浸透。昭和30年代になると、驚くほど売れるようになります。というのも、農繁期に人手の足りなくなる農家が、ほかの農家に応援を頼む際にふるまうおやつとして、大量に買ってもらえるようになったからです。
 
1軒の農家が30本入りを10箱、20箱と買い求めたことから、ピーク時は1日約5万本、月にすると70~80万本を出荷したというから驚きます。その後、農機具の機械化が進むにつれて農家が買う数は減りましたが、今も畑仕事が忙しくなる春と秋にはよく売れるそうです。
 
旭川で生まれて、はや90年。長く支持されてきたのは、甘さを抑えた飽きない味わいと、日持ちのよさ、そして大衆的な価格にあるのでしょう。親から子へ受け継がれる、まさに北海道のロングセラー菓子です。

 

 
 
*詳しくは『ほっかいどうお菓子グラフィティー』(塚田敏信・著)をご覧ください。