北海道の木彫り熊発祥の地は、どこだ!?

北海道定番土産の1つ「鮭をくわえた木彫り熊」。さて、この木彫り熊、そもそもは誰が、どこで、どうして始めたものなのか?北海道Likersがたどり着いたのは八雲(やくも)町でした。
八雲町は、室蘭と函館の真ん中くらいに位置し、北海道地図の左下、ぐぐぐっと曲がっている部分の内浦湾(噴火湾)側が八雲の東、西は日本海に面しています。
 
その八雲町に、昨年4月「八雲木彫り熊展示室」がオープンしました。実は八雲町は、北海道の木彫り熊の発祥地だったのです。
 
 


 
 
八雲の木彫り熊は、この熊から始まりました。
 
 


 
八雲は、旧尾張藩主徳川慶勝が、1878(明治11)年から、生計を立てさせるために旧藩士を移住させたことから開拓が進められた尾張徳川家ゆかりの町です。1923(大正12)年、徳川義親がヨーロッパへ旅行に行った時に、スイスで買って持ち帰ってきたのが、この木彫り熊を始めとする工芸品の数々でした。
 
徳川義親は、八雲町内で働く農民たちの冬期間の副業として「こんな木彫りの工芸品をつくったらどうだい?いいものができたら買い取ろう」と提案したそうです。
 
そして、スイスのお土産熊をお手本に、1924(大正13)年、八雲町の伊藤政雄がつくった熊がこれです。正真正銘、北海道の木彫り熊第1号です。
 
 


 
これをきっかけに、熊だけではなく、お盆や器などの木彫り工芸品がつくられるようになりました。が、中でも熊を擬人化したものが多くつくられました。展示室には、当時につくられた擬人熊の木彫りが並んでいます。
 
 


 
やがて、木彫りの技術・技法をさらに向上させようと、木彫り第1号をつくった伊藤政雄と八雲で静養中だった日本画家の十倉金之を講師に迎え、本格的に木彫りの取り組みが始まりました。また、徳川農場では熊を飼育し、間近で熊を観察できる環境を整えたそうです。
 
その時に生まれたのが、熊の毛並を表現する「毛彫り」と、面で熊を表現する「面彫り」。特に、熊の背中のコブのあたりから、菊の花のように毛の流れを外側に開いて掘る「毛彫り」という技法が確立されました。
 
 


 
八雲の木彫り熊は、この流れるような「毛彫り」が大きな特徴です。
 
 


 
ところで、今ではすっかり定番になった「鮭をくわえた熊」ですが、実は八雲ではほとんど彫られていません。
八雲木彫り熊展示室によると「八雲の木彫り熊が昭和初期に各地に流通した時、旭川のアイヌの人たちに影響を与えて、あちらでよくつくられる定番の形となったようです」とのこと。戦後、道内観光ブームの折に、鮭をくわえた熊が全国各地へ持ち帰られ、北海道の木彫り熊といえば、アイヌ民族がつくった、鮭をくわえたポーズというイメージが定着したそうです。
 
展示室には、八雲の木彫りの歴史や特徴的な毛彫り技法を駆使した作家たちの熊が展示してあります。
 
 

 
 

 
 


 
木彫り熊の歴史、八雲の毛彫りの作家の系譜、世界各地の木彫り民芸品など、展示物については、展示室の学芸員さんが、とても丁寧に説明してくれます。説明を聞いてから、改めて木彫り熊を見ると、「八雲の毛彫り熊」がちゃんと見分けられるようになるんですよ!ここで見知った知識は、絶対誰かに教えたくなります。ぜひ立ち寄ってみてください。
 
皆さんの家に、北海道の木彫り熊はありませんか?背中のコブから毛が流れるように彫ってあったら、それは由緒正しい八雲の木彫り熊です。