日本を代表する文豪は、北海道生まれでした。「井上靖記念館」

「しろばんば」「氷壁」「敦煌」「天平の甍」「わが母の記」の作者といえば?
答えは文豪 井上靖(いのうえやすし)。
 
 

 
生まれは北海道旭川市。1907(明治40)年に生まれ、翌年には母の故郷である静岡に戻っているので、彼自身に北海道の記憶はなく、母から聞いた話が、井上靖の北海道の思い出になったそうです。
 
 

 
井上靖は、生涯で4回、旭川に来ています。最後に来たのは1990(平成2)年83歳の時、旭川開基100年の年で、井上靖文学碑の除幕式等に出席のためでした。その頃から、生まれた旭川に記念館をつくろうという動きがあったそうですが、翌1991(平成3年)年に逝去。1993(平成5)年のオープンを本人が見ることはありませんでした。
 
この記念館には、旭川への想いをつづった自筆ノートや、小説の直筆原稿、作品など、井上靖の生涯を紹介するさまざまな資料が展示されています。何を隠そう、私北海道Likersライター チバタカコは、井上先生を尊敬しています。井上靖ファンには、まさにここは聖地です!展示物一つひとつをじっくり見ているだけで、井上靖ワールドが広がってきます。
 
 
 

 
静岡と鳥取にも彼の記念館と文学館がありますが、実は、旭川の井上靖記念館でしか見られないという、本当に貴重なものがここにはあるんです!
 
例えば、これ、文化勲章(1976年)。
 
 
 

 
レプリカではありません、本物です。井上靖ファンにとっても、見応えのあるものですが、一般人でも本物をこんなに間近で見ることは、滅多にないと思いますよ。
 
そして、目玉はこれ!
 
 

 
2012(平成24)年5月から、東京都世田谷区にあった井上靖邸の書斎・応接間をそのまま移転して公開しています。実際に使用していた執筆机や生涯そばに置いて眺めた陶芸家・河井寛次郎の壺など、当時のままに再現。
 
 

 
これはもう、ファンにはたまりません。目の前にある机には、長年使って、すり切れた跡がついています。ちょっとくたびれた感じの座布団、使い古したペンなど、ここから数々の名作が生まれたのかと思うと、感動で涙が出そうになります。
 
 

 
応接間ではきっと、出版社の担当さんたちが、彼の原稿を待っていたのでしょう。そこに立っていると、まるで自分が井上靖担当の編集者になったようで、妄想…もとい、想像が膨らみます。
 
 
 

 
この2部屋は、2012年4月に封切られた映画「わが母の記」(原作:井上靖)のロケ現場にもなっているんですよ。
 
 
 


 
今回は取材のため、書斎と応接間の撮影が許可されましたが、普段は撮影禁止です。カメラを向けたくなる気持ちはわかりますが、注意してくださいね。
 
例えば、列車に乗って旭川まで行って、そこから記念館へ向かう…なんていうコースはどうですか?
JR旭川駅は、北海道Likersで紹介しています。
 
列車旅行のお供は、もちろん、井上靖の小説で。