「ウロコダンゴ」~ほっかいどうお菓子グラフィティー(9)

空知エリア最北のまち・深川市は、道内有数の稲作地帯。そんな深川を代表する銘菓が、大正生まれのウロコダンゴです。駅で売られる生菓子「駅生(えきなま)」として深川駅に登場したのは、大正2(1913)年のことでした。
 
 

 
深川駅は、空知太(砂川市)と旭川を結ぶ北海道官設鉄道上川線の駅として、明治31(1898)年に開業。明治43年には留萠線が開通したことで、その重要度をさらに増します。それから3年後、留萌線の開通を記念してやや遅れて誕生したのが、ウロコダンゴならぬ「椿団子」でした。
 
なぜ、椿団子がウロコダンゴになったのでしょうか。それは生みの親である高橋商事初代が、出身地(新潟県阿賀野市)にあった「椿餅」というお菓子にちなんだことから始まります。発売後間もなく、椿団子は深川駅の駅長から名前の変更を求められました。当時の駅長は名前を椿修三といい、列車が到着するたびに駅弁の売り子たちが「つばきだんご~、つばきだんご~」と売り歩くのを聞いて、呼び捨てにされた気がしていたようなのです。
 
そこで椿駅長は、どんな名前に変えればいいか考えました。当時の留萠線では、季節になると日本海で捕れた山のようなニシンが貨車で運ばれ、そのウロコが車両に貼りついてピカピカ光っていました。椿団子の形も三角形でウロコに似ていたこともあり、椿駅長自らウロコダンゴと命名したといわれています。

 

 
製法は創業時とまったく変わっておらず、原材料は米と小麦粉、砂糖だけ。材料を練ったものを約40cm四方の大きさにして蒸籠に入れ、蒸し台で蒸し上げます。それを冷まして、刃が波形になった銅製の包丁を当てて押すように切れば、周りがギザギザになったあのウロコダンゴのできあがり。その食感や味わいは、名古屋市の名物で知られる外郎(ういろう)に似ています。
 
なお、ウロコダンゴのルーツとなった椿餅は、今も阿賀野市(旧水原町)の名物として健在です。この阿賀野市、日本有数の米どころだそうで、新潟と北海道の米どころがお菓子で結ばれたことに、不思議な縁を感じます。
 
 
 
 
 
*詳しくは『ほっかいどうお菓子グラフィティー』(塚田敏信・著)をご覧ください。