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公開 | 植村慎吾

北海道だけに棲む世界最小の哺乳類 トウキョウトガリネズミ…?

世界最小級の哺乳類が日本に、しかも北海道だけに生息しているって、知っていましたか?
 
その哺乳類の名は、トウキョウトガリネズミ。

北海道にしかいない、「トウキョウ」トガリネズミ…?

名前の由来にも生態にも謎の多いこの小さな生き物について紹介します。

 

目次

・北海道に棲む、トウキョウトガリネズミ?
・どうして北海道だけにいるの?
・謎に包まれた生態
・新しくわかってきたこと、もうすぐ明らかになりそうなこと


 

北海道に棲む、トウキョウトガリネズミ?

トウキョウトガリネズミの頭から尾の先までの長さは約8cm、そのうち約3cmが尾です。体重はわずか約2gで、世界最小級の哺乳類です。


▲トウキョウトガリネズミ(河原博士提供)
 

北海道にしかいないのに、なぜ「トウキョウ」を冠しているのでしょうか。
 
トウキョウトガリネズミが初めて捕獲されたのは 、1903年のこと。
採集者はR. M. Hawker(R. M. ホーカー)、イギリスの動物学者であるOldfield Thomas(オールドフィールド トーマス)が1906年に新種(記載時の学名Sorex hawkeri)として記載しました。
 
新種の基準となるタイプ標本のラベルには、「Inukawa, Yedo, Hondo (犬川(?), 江戸, 本土)」で採集したと記載されています。

しかし、東京にInukawa という地名は無く、正確な採集地は不明のままでした。
その後、この小さな哺乳類は1957年に北海道の弟子屈町で9頭が捕獲されるまで、実に54年間もの間、全く記録がありませんでした。
 
トウキョウトガリネズミが記録されなかった間の1920年代頃、日本の動物で新種の記載と命名がどんどん進み、Hawkerが採集したSorex hawkeriにも和名が付けられました。
このとき、この生き物に関する情報がほとんどなにもなかったため、東京産とされるラベルの情報からトウキョウトガリネズミという和名が付けられたのでしょう。


▲オオヨモギの上を器用に移動するトウキョウトガリネズミ(河原博士提供)
 

1957年に弟子屈町で再発見されたときの採集者であり論文の著者でもある阿部永・元北海道大学農学部教授はタイプ標本のラベルについて、YedoがYeso(またはYezo:蝦夷)の間違いであり、実際には北海道で採集されたのかもしれないと考えました。
北海道にもInukawaという地名はありませんが、Mukawa(鵡川)の筆記体のM をInと間違えたかもしれないとも述べています。

しかし、採集者であるHawker氏が北海道を訪れたかどうかはわかっておらず、トウキョウトガリネズミの名前の真相は謎のままです。

現在は、トウキョウトガリネズミはユーラシア大陸の北部や樺太などに広く分布しているチビトガリネズミ(Sorex minutissimus)の亜種(S. m. hawkeri)として分類されています。

ちなみに、ラベルがYesoの間違いだとしても、北海道にはエゾトガリネズミというトウキョウトガリネズミよりも少し大きい種が別にいます。


▲枯れたヤブニンジンの上を歩く飼育下のエゾトガリネズミ(河原博士提供)


さらにさらに、トガリネズミはトガリネズミ形目(かつては食虫目(モグラ目))という仲間に分類され、齧歯目の仲間であるネズミとは全く違う動物です。

なんとトウキョウトガリネズミは東京にいないばかりかネズミですらなく、むしろモグラに近い動物なのです。

 

どうして北海道だけにいるの?

1万6千年前から1万2千年前の氷河期の終わりごろには、海水面が今よりも低く北海道は樺太を経由してユーラシア大陸と陸続きでした。
このとき、トウキョウトガリネズミの祖先がユーラシア大陸から樺太を南下して北海道にやってきたと考えられています。


▲最終氷期ごろの海岸線(点線は現在の海岸線)


一方で、北海道と本州を分かつ津軽海峡は水深が深く、氷河期にも陸続きにならなかったため、トウキョウトガリネズミの祖先は北海道から本州には移動できなかったと考えられています。

氷河期が終わり気候が温暖になると、海水面が上昇し、ユーラシア大陸と樺太や北海道はそれぞれ海で分断され、島になりました。


▲現在のトウキョウトガリネズミの分布(緑色部分)
 

北海道に隔離されたトウキョウトガリネズミの祖先は、北海道の気候や生態系に適応して現在のトウキョウトガリネズミになったのです。

 

謎に包まれた生態

トウキョウトガリネズミはその小ささと発見の困難さゆえに、最近まで確実な生息地や生態がよくわかっていませんでした。
 
阿部永さんによる再発見の後も、トウキョウトガリネズミは極稀にしか捕獲されず、数の少ない幻の哺乳類だと考えられていました。
 
ところが、2002年に、株式会社野生生物総合研究所におられた河原淳博士(現、環境省希少野生動植物種保存推進委員)が浜中町の海岸と嶮暮帰(けんぼっき)島で捕獲したことをきっかけに捕獲方法が確立され、生きた個体の捕獲も可能になりました。


▲トウキョウトガリネズミが捕獲された嶮暮帰島の生息環境(河原博士提供)


安定して捕獲が可能になったトウキョウトガリネズミは、河原博士や大舘智志・北大助教、多摩動物公園のもとで長期間の飼育方法も確立され、野外では観察が難しい生態も調べられるようになりました。


▲トウキョウトガリネズミの研究を続けておられる河原淳博士


トウキョウトガリネズミは、海岸や湿地から山地の森林まで、これまでに考えられていたよりも多様な環境に生息しているようです。最新の調査では、場所によっては近縁の普通種であるオオアシトガリネズミとも同じくらいの密度で生息していることがわかってきました。


▲飼育下のオオアシトガリネズミ(河原博士提供)


河原博士らによる嶮暮帰島での調査では、エサの種類も多様で、小さな昆虫やハマトビムシ類などのいろいろな小動物を食べていることがわかりました。


▲嶮暮帰島のトウキョウトガリネズミが捕食しているハマトビムシ類(河原博士提供)


また、長期間の屋外飼育から、トウキョウトガリネズミは寒い時期にも冬眠せずに活動していることもわかりました。
とても小さく、常にエサを食べていなければ死んでしまうような動物が、北海道の厳冬期にも活動しているとは驚きです!
 
冬眠せずに冬を乗り切るため、10月に入ると徐々に冬毛に変わりはじめます。


▲夏毛写真(上)と冬毛写真(下)(河原博士提供)
 

反対に、夏の暑さには特に弱く、気温が25度を超えると草の上や茎の途中に上がってきて暑さをしのぎます。


▲トウキョウトガリネズミの寝姿(河原博士提供)
 

一見小さくてか弱く見えても、トウキョウトガリネズミは北海道の生態系に適応してしぶとく繁栄しているのです。

 

新しくわかってきたこと、もうすぐ明らかになりそうなこと

ほとんど知られていなかったトウキョウトガリネズミの生態は最近になって少しずつ明らかになってきましたが、まだまだわかっていないことも多くあります。

例えば、トウキョウトガリネズミは5kHzから10kHzの人に聞こえる声や、20kHz以上の超音波領域の声を出します。低い声はコミュニケーション、高い声はコウモリなどのようにエサの位置を探すエコーロケーションに使われるとも考えられていますが、まだよくわかっていません。


▲トウキョウトガリネズミがコオロギを捕食するときに出している音(サウンドスペクトログラム)(河原博士提供、筆者改変)


トウキョウトガリネズミは、糞をする場所が決まっているそうです。近縁なオオアシトガリネズミやエゾトガリネズミはこうした行動をせず、なぜトウキョウトガリネズミだけが決まった場所に糞をするのかも今後調べたいことの1つだそうです。
繁殖期や一度に産む仔の数などもまだよくわかっていません。


▲トウキョウトガリネズミが草を丸めて作った休憩場所。巣としても使わるかもしれない(河原博士提供)


また、縄張りの大きさや季節ごとの行動の違い、北海道に生息する他の4種のトガリネズミの仲間とどうやって共存しているのかということも、今後の研究課題です。


▲ヒメトガリネズミ(河原博士提供)


「幻とまで言われた本種は、身近にいることが判ってきました。
幻にしていたのは私たち人間であり、小さな体に秘められた能力は想像以上です。
これからも本種の魅力を解明し、皆さんに知っていただきたいと思います。(河原博士談)」


河原博士によるトウキョウトガリネズミのホームページ

北海道Likers フォトライター 植村慎吾
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植村慎吾

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