2018年5月、『クマと少年』という絵本が全国の書店に一斉に並びました。表紙には北海道の深い森をバックに見つめ合う大きなヒグマとアイヌ民族の少年の姿が描かれています。一瞬、目を奪われるほどの力強さと未知の世界観に引き込まれ、作者である絵本作家・あべ弘士さんに会いたくなりました。
▲山の神ヒグマとアイヌ民族の少年をめぐる命の物語。『クマと少年』発行/ブロンズ新社1,500円(税別)
9月初旬の旭川市。肌をなでる風が心地よく感じはじめた秋の始まり。今日にも北海道に台風が上陸するという予報が嘘のような穏やかな夕暮れでした。
Tシャツにジーンズ、キャップ姿で登場したあべ弘士さんは、好奇心旺盛な少年がそのまま大人になったような素敵な人でした。自由に人生を愉しんでいるように見えますが、自分のすべきことは全てわかっている、強い信念をお持ちだというのが第一印象でした。
その強い思いとは何なのか、あべさんが描く世界の裏側には何があるのでしょうか。
▲ご自身がデザインしたTシャツに身を包むあべさん。お似合いです!
絵を描き始めたのは小学生のころ。自然界に存在しているものを自分の心の目で観察し、それを描くのが好きな少年だったとか。その頃から将来は絵描きになろうと考えていたそうです。
▲作品をうみだすスケッチブック。何度も描いてイメージを探る
23歳になったあべ青年は、旭山動物園に就職し、大好きな動物たちの世話に明け暮れる日々を25年間過ごします。世話をしながら動物たちの自然な姿に接し、表情や感情表現の豊かさ、力強さやはかなさ、そして人も動物も同じ自然の中の生物でありその命の尊さと真正面から向き合う毎日。在職中に絵本を出版するなど、旭山動物園は絵本作家あべ弘士の地盤を築いた場所といえそうです。
▲「この本に出てくる風景は、北海道内のいろいろな場所なんですよ。例えば、この湖は然別湖。このマガンが飛び立つのは…どこかわかるかな?」
あべさんが描く動物には豊かな心が存在し、今にも話しかけられそうな臨場感があります。怒っているもの、笑っているもの、悲しんでいるもの、そんな心の表現がにじみ出ているのです。
そして、死。生きているものはみんな向かうもの。だからこそ、一つの命がこんなにも尊いものなのだと気付かされます。動物たちと深い付き合いをしたあべさんだからこそ描ける動物の姿です。

▲今回の作品のメインともいえるヒグマの絵。圧倒的な存在感
そんなあべさんが40年もの間、いつか自分の絵で表現したいと思い続けてきたテーマがありました。アイヌ民族の大事な儀式「イオマンテ」です。あべさんが少年だった頃、祖父が暮らしていた地域にアイヌ民族も住んでいて、儀式の主役となるヒグマの子どもも飼われていたそうです。
アイヌ民族にとって、クマは神様。イオマンテ(クマおくり)は、クマの姿を借りて人間の世界にやってきた神様を、神様の国に帰すための儀式です。その独特の世界観と哲学にあべ少年はひたすら圧倒され、心の深いところにずっと棲みついていたようです。

「自分の目で見たもの、アイヌ民族に取材をして得た情報、あらゆる資料や映像をもとに導き出したもの。これをまとめたのが『クマと少年』です。アイヌの人たちの世界観や宗教観を無くしてはいけない。できるだけ正確に後世に伝え続けるのが、北海道で今生きているものたちの役割なんじゃないかなと思いますね。とりあえず、今の僕にできることはやったかなと、今はちょっとホッとしています」。
『クマと少年』
物語は、アイヌのコタン(村)に暮らす少年と神の化身とされるヒグマの子キムルンの友情物語。少年と寝食を共にしながら成長したキムルンは、ある年イオマンテの主役に選ばれたものの、姿を消してしまう。8年後、再会した少年にキムルンは言う…。
北海道の美しい自然と、その自然と共生してきたアイヌ民族の誇り高い日常をダイナミックなタッチと色使いで描いた本作。最後は読む人それぞれの価値観に結末を託しています。世代を問わず、北海道を愛する全ての人に読んでほしい一冊です。
▲買物公園通りに面したギャラリープルプルの外観。お隣の「こども富貴堂」ものぞいてみよう!
▲シャッターにはあべさんがボランティアの学生たちと一緒に描いた動物の絵が。赤いゾウは自由な発想の証⁉
あべ弘士さんが理事長を務めるNPO法人かわうそ倶楽部が運営するギャラリープルプルでは、あべ弘士さんの原画展をはじめとして北海道で活躍するアーティストの作品展など定期的にイベントを開催しています。
11月10日(土)~12月24日(月)は、あべ弘士原画展「100年たったら」(アリス館)が開催されます。詳しくはHPをチェックしましょう。
ギャラリーでは、あべさんの作品のマスキングテープやポストカードなど、さまざまなオリジナルグッズが販売されています。思わず手にとってしまう可愛いものばかりです!
▲マスキングテープは370円~
▲ポストカードは1枚150円
あべ弘士
1948年、旭川市に生まれる。23歳から25年間旭山動物園の飼育係としてさまざまな動物を担当。1981年、『旭山動物園日誌』を出版、以後、飼育係を務めながら絵本を刊行。代表作に『あらしのよるに』、『ゴリラにっき』、『森の地図』など多数。
取材協力/NPO法人かわうそ倶楽部
写真撮影/吉田公貴
取材・文/北海道Likersライター 大宮あゆみ

9月初旬の旭川市。肌をなでる風が心地よく感じはじめた秋の始まり。今日にも北海道に台風が上陸するという予報が嘘のような穏やかな夕暮れでした。
Tシャツにジーンズ、キャップ姿で登場したあべ弘士さんは、好奇心旺盛な少年がそのまま大人になったような素敵な人でした。自由に人生を愉しんでいるように見えますが、自分のすべきことは全てわかっている、強い信念をお持ちだというのが第一印象でした。
その強い思いとは何なのか、あべさんが描く世界の裏側には何があるのでしょうか。

25年間勤めた旭山動物園での日々が創作のベースに
旭川に生まれ、旭川で育ったあべさん。幼いころから周りには四季折々の自然の営みがごく当たりまえに繰り広げられていて、人も動植物も大自然に生かされているということを実感できるような環境で育ちます。絵を描き始めたのは小学生のころ。自然界に存在しているものを自分の心の目で観察し、それを描くのが好きな少年だったとか。その頃から将来は絵描きになろうと考えていたそうです。

23歳になったあべ青年は、旭山動物園に就職し、大好きな動物たちの世話に明け暮れる日々を25年間過ごします。世話をしながら動物たちの自然な姿に接し、表情や感情表現の豊かさ、力強さやはかなさ、そして人も動物も同じ自然の中の生物でありその命の尊さと真正面から向き合う毎日。在職中に絵本を出版するなど、旭山動物園は絵本作家あべ弘士の地盤を築いた場所といえそうです。
来る日も来る日も動物たちと向き合って得たものとは
「絵描きになることをずっと考えていたので、動物園勤務の25年は必要な時間だったのか?という考えがあるかもしれないけれど、僕はこの25年は遠回りのようで、じつはすごく近道だったと思っています。作品としてではなく業務として動物の絵を描いていましたから(笑)。作品として描くときはそこに個性を存在させるのです」とあべさん。
あべさんが描く動物には豊かな心が存在し、今にも話しかけられそうな臨場感があります。怒っているもの、笑っているもの、悲しんでいるもの、そんな心の表現がにじみ出ているのです。
そして、死。生きているものはみんな向かうもの。だからこそ、一つの命がこんなにも尊いものなのだと気付かされます。動物たちと深い付き合いをしたあべさんだからこそ描ける動物の姿です。

イオマンテ(くまおくり)の儀式、その世界観を伝えたい

そんなあべさんが40年もの間、いつか自分の絵で表現したいと思い続けてきたテーマがありました。アイヌ民族の大事な儀式「イオマンテ」です。あべさんが少年だった頃、祖父が暮らしていた地域にアイヌ民族も住んでいて、儀式の主役となるヒグマの子どもも飼われていたそうです。
アイヌ民族にとって、クマは神様。イオマンテ(クマおくり)は、クマの姿を借りて人間の世界にやってきた神様を、神様の国に帰すための儀式です。その独特の世界観と哲学にあべ少年はひたすら圧倒され、心の深いところにずっと棲みついていたようです。
フィクションでもあり、ノンフィクションでもある物語

「自分の目で見たもの、アイヌ民族に取材をして得た情報、あらゆる資料や映像をもとに導き出したもの。これをまとめたのが『クマと少年』です。アイヌの人たちの世界観や宗教観を無くしてはいけない。できるだけ正確に後世に伝え続けるのが、北海道で今生きているものたちの役割なんじゃないかなと思いますね。とりあえず、今の僕にできることはやったかなと、今はちょっとホッとしています」。
『クマと少年』
物語は、アイヌのコタン(村)に暮らす少年と神の化身とされるヒグマの子キムルンの友情物語。少年と寝食を共にしながら成長したキムルンは、ある年イオマンテの主役に選ばれたものの、姿を消してしまう。8年後、再会した少年にキムルンは言う…。
北海道の美しい自然と、その自然と共生してきたアイヌ民族の誇り高い日常をダイナミックなタッチと色使いで描いた本作。最後は読む人それぞれの価値観に結末を託しています。世代を問わず、北海道を愛する全ての人に読んでほしい一冊です。


あべ弘士さんが理事長を務めるNPO法人かわうそ倶楽部が運営するギャラリープルプルでは、あべ弘士さんの原画展をはじめとして北海道で活躍するアーティストの作品展など定期的にイベントを開催しています。
11月10日(土)~12月24日(月)は、あべ弘士原画展「100年たったら」(アリス館)が開催されます。詳しくはHPをチェックしましょう。
ギャラリーでは、あべさんの作品のマスキングテープやポストカードなど、さまざまなオリジナルグッズが販売されています。思わず手にとってしまう可愛いものばかりです!


あべ弘士
1948年、旭川市に生まれる。23歳から25年間旭山動物園の飼育係としてさまざまな動物を担当。1981年、『旭山動物園日誌』を出版、以後、飼育係を務めながら絵本を刊行。代表作に『あらしのよるに』、『ゴリラにっき』、『森の地図』など多数。
取材協力/NPO法人かわうそ倶楽部
写真撮影/吉田公貴
取材・文/北海道Likersライター 大宮あゆみ
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