2018年04月11日 | 佐々木葉子

アイヌ民族は、どんな風景を見ていたのか。「地名」から北海道の風景をとらえる写真家・露口啓二さん

どうして私はこの名前になったの? そう尋ねたことはありませんか。
人の名前と同じように、地名にもいわれがあります。
札幌市在住の写真家・露口啓二さんは、アイヌ語を起源とする地名の場所を訪ね、
アイヌ民族が見たであろう風景の面影を切り取ってきました。
47組の写真は、この春出版された写真集「地名」で一挙に公開されました。
その一部とともに、北海道の風景のもうひとつの見方をご紹介します。

 
alt、▲提供写真:白一色の表紙には、撮影地の地名が「漢字・日本語読みのローマ字表記・起源となったアイヌ語のローマ字表記」で掲載されています(発行:赤々舎、5,400円)▲提供写真:白一色の表紙には、撮影地の地名が「漢字・日本語読みのローマ字表記・起源となったアイヌ語のローマ字表記」で掲載されています(発行:赤々舎、5,400円)
 

alt、提供写真:「地名」より 宿徳内 / Shutokunai /sukutut-us-nay(エゾネギ・群生する・川)▲提供写真:「地名」より 宿徳内 / Shutokunai /sukutut-us-nay(エゾネギ・群生する・川)
 

アイヌ語起源の地名の根拠を視覚化する

札幌で広告写真家として活躍する露口さんが、自身の作品づくりを意識して、地名を切り口とした風景写真の撮影を始めたのは1999年。40代後半にさしかかった頃でした。

「北海道の地名の大半は、アイヌ語が起源であるという特殊性があります。そして、アイヌ語が起源の地名は、土地の地勢に由来するものが最も多いのです。地名の根拠となった場所を探し、地名を視覚化する。これをテーマに、風景を撮ることを決めました」。


 alt、露口啓二さん:1950年生まれ、徳島県出身。東京で広告写真家のスタートを切り、70年代後半に広告会社のディレクターに乞われて札幌へ。「ここに根を下ろして40年。もう北海道が地元ですよ」▲露口啓二さん:1950年生まれ、徳島県出身。東京で広告写真家のスタートを切り、70年代後半に広告会社のディレクターに誘われて札幌へ。「ここに根を下ろして40年。もう北海道が地元ですよ」

写真集「地名」に掲載されている写真の中から、まず1枚ご紹介します。

ここは、釧路湿原でカヌーに乗る時などに利用する駅がある「塘路(とうろ)」。「塘路」はアイヌ語の「沼の・ところ(to-or)」が起源です。露口さんが「沼の・ところ」を感じさせる場所を探し、撮影した写真がこちらです。


alt、提供写真:「地名」より 塘路 / Toro / to-or 2016May 2016Nobember▲提供写真:「地名」より 塘路 / Toro / to-or 2016May 2016Nobember


「地名のアイヌ語の由来は諸説あるので、実際に足を運ぶ地は有力な説があるところだけ」と露口さん。リサーチでは、アイヌ語地名研究家の山田秀三、アイヌ言語学者の知里真志保(ちり・ましほ)の書籍を参考にしているそうです。
 

alt、「自分の好きな風景を撮るつもりは毛頭なかった。わがままを充たすために作品をつくるなんて、何の意味もないじゃないですか」と、露口さん。スタジオの本棚にはアイヌ文化、哲学、民俗学など、多様な分野の書籍が並ぶ▲「自分の好きな風景を撮るつもりは毛頭なかった。わがままを充たすために作品をつくるなんて、何の意味もないじゃないですか」と、露口さん。スタジオの本棚にはアイヌ文化、哲学、民俗学など、多様な分野の書籍が並ぶ
 

同じ場所に、時間をあけて二度立つ

現場では、アイヌ語の意味に加えて、地名を表記する漢字の意味、アイヌ語の音も頭の中で反芻しながら、地名の原風景を探します。

場所がみつかると、時間をあけて二度撮影し、二枚を左右に並べた組写真に構成します。時間の経過によって、植物の背が伸びたり、雪が解けたりし、その変化が土地の様子をより理解しやすくしてくれます。


alt、「カメラの位置は、140~155cm。標準的な大人の視線に合わせています」▲「カメラの位置は、140~155cm。標準的な大人の視線に合わせています」


次に2組の写真を紹介します。クレジットを頼りに、この土地の起源の名残を想像してみてください。


 alt、提供写真::「地名」より 知来別 / Chiraibetsu / chiray-pet(イトウ魚の・川) 2001July 2002May▲提供写真:「地名」より 知来別 / Chiraibetsu / chiray-pet(イトウ魚の・川) 2001July 2002May


 
alt、提供写真:「地名」より 静狩/Shizukari/sir-tukari(山・の手前) 2017May 2017March▲提供写真:「地名」より 静狩/Shizukari/sir-tukari(山・の手前) 2017May 2017March
 

場所の崩壊を切り取る「自然史」シリーズ

「地名」に着手してから約10年後の2010年、露口さんは「自然史」というシリーズの撮影も開始します。


▲提供写真:▲北海道、福島、徳島で撮影した作品が掲載されている「自然史」(発行赤々舎、5,400円)▲提供写真:北海道、福島、徳島で撮影した作品が掲載されている「自然史」(発行:赤々舎、5,400円)


「北海道なら石炭産業を中心に形成された夕張、三笠のように、文明の進化や産業の発達・衰退によって廃棄された土地があります。そうした土地が、時の経過とともに自然に覆われる様子を撮影したものです」。



alt、提供写真:「自然史」より 夕張市本町 Yubari_2016▲提供写真:「自然史」より 夕張市本町 Yubari_2016


2014年には、福島地域の撮影を開始しました。

「居住制限地域には、雑草に覆われた住宅がありました。我々は、大震災が起きたことは知っています。しかし、そこで今起きていることを知っているとは言い難い。知っていることと、知っているとは言い難いことの狭間が、写真家の場所なのではないかと思います。抽象的ですけど」。

 

alt、提供写真:「自然史」より 気仙沼市波路上 Kesennuma_2015▲提供写真:「自然史」より 気仙沼市波路上 Kesennuma_2015


同じ頃、露口さんは出身地・徳島での撮影もスタート。忌部と呼ばれる集団に関わるとされている文化が成立していた吉野川中流域では、交通路の痕跡を発見しました。
 


alt、提供写真:「自然史」より 忌部山 Inbeyama_2015▲提供写真:「自然史」より 忌部山 Inbeyama_2015


「地名の成立には場所が必要です。そして、場所の成立には人が必要です。ところが、いま、あちこちで場所が崩壊している。「自然史」は、場所の崩壊の証人です」。

今後は、札幌、東京でも「自然史」の撮影を行う予定だそうです。
 

何かを考えざるを得ない風景を撮りたい

写真ブームのいま、書店には、壮大な絶景や優雅な夜景、インスタ映えする料理などの写真集が数多く並んでいます。また、スマホのカメラもスペックは上がる一方です。「でも、写真の社会的な地位や力が弱くなっている」と、露口さんは感じています。


alt、「写真は押せば撮れる。誰でも写真家を名乗れるんですよ。僕は何かを考えざるを得ない写真を撮りたい」▲「写真は押せば撮れる。誰でも写真家を名乗れるんですよ。僕は何かを考えざるを得ない写真を撮りたい」


露口さんがいま、興味を持っているのは、北海道内にある「新四国八十八カ所」。四国の人が信仰の証として持ち込んだものと言われています。

「それなりの年齢になると、若い時には気づかなかったことに気づいたりもします。歴史の感じ方は特にそうで、より遠くまでまなざしがいくようになるんです」。

なにげない風景も、地名や歴史を切り口にみつめると、浪漫や味わいが立ち上がってくるかもしれません。北海道の旅に、そんな視点も盛り込んでみてもおもしろそうです。
 

関連リンク

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