「留萌のニシン街道」留萌地域:北海道遺産シリーズ(10)

留萌は、日本海沿いにある漁業の盛んな地域で、1998年に放映された朝の連続テレビ小説「すずらん」の舞台にもなりました。

江戸時代末期から明治の後半、北海道の日本海沿岸には大量にニシンが押し寄せ、豊漁が続きました。
留萌もそんなニシン漁の拠点として栄えた町の一つです。
留萌「ニシン街道」には番屋や漁場跡がそのまま遺されており、当時の活気を今に伝えています。

  


春、産卵のため日本海を渡る群れは「群来(くき)」と呼ばれ、白子によって海が真っ白になることもあったとか。
漁の最盛期には、留萌地域だけでも年間11万トン~17万トン獲れ、「やん衆」と呼ばれる出稼ぎの漁夫たちは、番屋で寝食を共にしながら、朝から晩まで漁に明け暮れていたそうです。

 

旧花田家番屋

1971(昭和46)年に国の重要文化財指定を受けた小平町の「旧花田家番屋」。
安芸(広島)出身の花田家祖先が1836(文久3)年に漁場を開き、最盛期には500人以上の雇い人がいたといわれています。
現在は「道の駅」を併設し一般公開もされています。
 
 

 

岡田屋

岡田家苫前町にある「岡田家」は、1886(明治19)年に建築され、中規模番屋としては道内最北の鰊番屋といわれています。しかし残念なことに、今年の大雪で建物は半壊してしまいました。しかし、当時の漁具などは苫前町郷土資料館でみることができます。
 


 

旧佐賀家漁場

1957(昭和32)年まで、113年間に渡りニシン漁が行われた「旧佐賀家漁場」。
江戸末期頃の建築物といわれ、漁労具や生活用品のほか、前浜や船着場が今も残る道内唯一の番屋です。
1997(平成9)年に国の史跡指定を受けました。
現在は内部見学はできませんが、収蔵品の一部は「留萌市海のふるさと館」で見ることができます。

 

昭和30年頃、ニシンは忽然と姿を消しニシン番屋も次々と閉鎖されていきました。それ以来ニシンは幻の魚となります。
しかし現在では、留萌の海では稚魚の育成など漁復活に向けた取り組みを行っており、日本海沿岸地域では群来が確認されることもあるそうです。

そして、ニシン漁を知る語り部さんとともにニシン番屋を巡り、今も地域に残る伝統のニシン料理を味わう。
そんな魅力的なツアーも開催されています!

 

 

 

【北海道遺産ツアー】

 お問い合わせは、株式会社シィービーツアーズまで
TEL / 011-221-1122
URL /  http://www.cb-tours.com/


数の子、京都のニシンそば、大阪の昆布巻き、ニシン漬けなど、日本人にとても親しまれているニシン料理。
江戸時代から明治時代にかけて、北前船によって北海道から本州へ身欠きニシン(ニシンの干物)が運ばれ、日本各地に広まったそうです。
これからもニシンを守りながら、伝統の食文化が続いていくことを願います!
次回もニシン繋がりで、留萌の南にある「増毛の歴史的建造物群」についてご紹介します。

 

北海道遺産

・Webサイト http://www.hokkaidoisan.org/
・Facebook http://www.facebook.com/hokkaidoisan