2017年08月07日 | 小西 由稀

ガイドと巡るアナタの知らない「薄野ナイトツアー」

薄野ナイトツアー


あらゆるジャンルのお店が混在する繁華街・すすきの。北海道の開拓史とともに歩んできたこの街の歴史は、ネオンの陰に隠れ、あまり知られていません。そんな街の記憶をガイドと一緒にたどる「薄野ナイトツアー」。あなたの知らない“薄野”に出会えますよ!

 

ツアーのはじまりは、かつて置屋だった「鴨々堂」から 

「一般社団法人かもテラ」が主催する、中島公園・すすきの「名所を巡るガイドツアー」。そのツアーのひとつ「薄野ナイトツアーコース」は、10月までの毎週月曜日の夜に開催されています。


夕暮れの鴨々川▲夕暮れの鴨々川
 

すすきのを流れる鴨々川(かもかもがわ)に沿って歩きながら、点在するお寺を巡り、地名の由来になった「薄野遊廓」の痕跡、料亭と芸者さんで賑やかだった仲小路を歩く、約1時間30分のガイドツアーです。
 

鴨々堂
 

集合場所の古民家ギャラリー「鴨々堂(かもかもどう)」は、大正末期~昭和初期に建てられた築90年の木造の建物。
 
「ここはかつて、芸者さんがいた置屋でした。お座敷から声がかかると、鮮やかな着物を着たお姐さんたちが料亭へ出かけていく光景が見られました」と、ボランティアガイドの磯貝圭子さん。往時の風景と現代の街並みを重ねながら、歴史を遡る旅へと誘います。
 

薄野ナイトツアーのガイド、磯貝さん▲ボランティアガイドの磯貝圭子さん。「札幌座」所属の俳優で、フリーのナレーター、司会者としても活躍。このツアーのボランティアガイドは、20代~40代が多いのが特徴 


そのうはし▲鴨々堂のすぐ横にある小さな「そのうはし」。そのう=園生とは、植物を栽培して育てるという意味。明治時代、この辺りはリンゴなどの果樹園が広がっていたのだそう。橋の名前に当時の面影が残る


大典記念文庫▲大正5年築、レンガ造りの「大典記念文庫」。何度もこの辺を通っているのに、こんな建物があることさえ気づいていなかった!


白虎隊の碑▲あの白虎隊に生存者がいたの?! しかも、なぜ札幌に?! 話の続きは、ぜひツアーで

 

すすきのの意外な一面
鴨々川沿いは京都のような風情が

ツアーの前半は、鴨々川の流れに沿って進みます。
「鴨々川は豊平川から分流した2.5kmの川で、開拓に大きな役割を果たした創成川へとつながります。昔は水がきれいで、生活用水として使われていました。“鴨々染め”という染物屋さんや呉服屋さんも多かったそうです」。
 

日暮れの鴨々川▲え、すすきのにこんな風景が?京都の木屋町通の雰囲気があるような…
 

ちょうど夕暮れの時間、ネオンや外灯を映す川面が輝いて、風情のある表情を見せていました。
 

鴨々川は鯉の放流区▲大きな鯉は、鴨々川の人気者。元々は川にゴミを捨てるのを防ぐため、鯉を放流したのだそう
 
 

花街と寺町は隣り合わせ
すすきのって実は寺が多い!

薄野ナイトツアーを体験し、あらためて思ったのは、すすきのにはお寺が多いということ。敷地が広いことも共通しています。「花街と寺町は隣り合わせにあるといわれています。薄野遊廓を囲むように、いずれも明治時代に創設された寺院です」。
 

すすきのの中央寺▲すすきののど真ん中に建つ曹洞宗「中央寺」は、すすきので唯一、修行僧を抱える寺院

 
明治政府の肝いりで進められた北海道開拓。ツアーでは夜の境内を参拝しながら、江戸から明治へと移り変わった激動の時代背景について、いろいろな逸話を交え、興味深いガイドが続きます。
 

中央寺の金剛力士像▲中央寺の山門の両脇には、阿吽の金剛力士像が控える。この金剛力士像の腹筋がすごいことに!

 

ガイドツアーの目玉「薄野遊廓」跡地へ!

薄野遊廓は、明治4年に北海道開拓使によって開かれました。
 

薄野遊郭の跡地▲薄野遊廓は、南6条西3丁目(写真上)が南東の端、駅前通り(写真中)を挟み、すすきの市場のある4丁目(写真下)が南西の端、正面の大門は国道36号にあった
 

「北海道開拓のために全国から集まった人々は、過酷な労務からケンカや博打が絶えず、厳しい気候に冬は逃げ出す人が多かったそうです。その対策としてつくられたのが、“官許”の遊廓。文献には“女の髪で男の足を引きとめる”とあります。まさに足止め策ですね」。
 

薄野ナイトツアーの地図▲磯貝さん手書きの地図。遊廓の跡地や寺院の位置関係がわかりやすい
 

今でこそネオンがまぶしい繁華街ですが、当時は見渡す限りの原野。「遊廓の土塁はわずか1.2mしかなかったそうです。足抜けしやすいと思いきや、敷地の外は狼や熊もいたという記述も残っていて、“逃げるも地獄”の環境だったそうです」。
 
明治初期は札幌の郊外に位置していた薄野遊廓ですが、明治後期には都心の一部になっていたそうで、大正9年に白石区菊水に移転。遊廓があった名残を辛うじて留めているのが、「豊川稲荷札幌別院」です。
 

豊川稲荷札幌別院▲薄野遊廓にかかわる有志の寄進で建てられた豊川稲荷は、明治31年に創院。すすきののメイン通り・駅前通り沿いにある
 

「玉垣に当時の寄進者の名前が残されているのですが、妓楼の屋号や主の名前、見番に属する芸妓さんの名前などが刻まれ、遊廓で働く人たちの心の拠りどころだったことがわかります。
災害や戦火を免れ、明治31年に建てられたまま残っている、遊廓時代のすすきのを偲ばせる数少ない遺構です」。
 

豊川稲荷札幌別院の玉垣▲寄進者の名前が残る玉垣
 

普段からお世話になっているすすきのですが、昔の面影を感じ取ることができる名所がこんなにあるとは! ガイドの磯貝さんの話に、「へぇ~!」の連続でした。すすきのという街の見え方が変わり、一層の愛着がわいた気がします。
今回紹介したのはツアーの一部。すすきのの歴史や文化を掘り起こすツアーに、出かけてみませんか?

 

運営しているのは、こんな方々!

薄野ナイトツアーを主催するかもテラのみなさん▲一般社団法人かもテラの代表・石川圭子さん(写真中央)、事務局の内山智之さん(写真右)、そしてガイドの磯貝さん
 

元・古民家の鑑定士でもある代表の石川さん。歴史を調べ、古い建物を残す活動をする中、鴨々堂となる古民家と出会い、人と文化を育んできた鴨々川流域の歴史に魅了されたといいます。


かもテラの代表理事、石川さん
 

「北海道と命名され、来年で150年。歴史が浅いといわれますが、わずか150年でこんなに急成長したところはありません。鴨々川流域の歴史を通して、“北海道ができた”ことを語れる貴重なエリアです」と、石川さん。
 
かもテラでは、2014年から「鴨々川ノスタルジア」という活動の一環として、このツアーのほか、同名のイベント「鴨々川ノスタルジア」の主催、その公式ムックの位置づけとなる雑誌「Bocket(ボケット)」を発行しています。
 

かもテラの事務局、内山さん▲「歴史を知るほどに、すすきのに対するまなざしが変わった」と話す、内山さん
 

今年の鴨々川ノスタルジアは9月1日(金)~3日(日)に開催。
「札幌芸者衆の踊りを見る会、お坊さんのファッションショー、職人体験や骨董市など、寺町すすきので遊んで学べる、知的好奇心に満ちたイベントです。『Bocket』は8月下旬刊行予定で、今回は北海道の遊廓を特集します」(内山さん)。
 

ガイドの磯貝さん▲「ガイドをするようになって、街の見え方が変わり、“自分の街”という実感が湧くようになった」と語る、磯貝さん

 
また、名所を巡るガイドツアーは薄野ナイトツアーのほか、「薄野寺町BOZUめぐりコース」も土曜日に開催しているので、こちらへもぜひ。鴨々川ノスタルジアの視点を通して、新しいすすきのを愉しみましょう!
 
●鴨々川ノスタルジアの公式サイト
●鴨々川ノスタルジアFcebookページ

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小西 由稀

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