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公開 | 小砂 志津子

北海道の歴史がつまった「北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)」

北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)

北海道を代表する観光スポットであり、国の重要文化財「赤れんが庁舎」の見どころ、建物に秘められた開拓スピリットをご紹介します!
江戸幕府から明治政府への移行、開拓使の設置、道庁として受け継いだ志など、大きな時代の流れと北海道の発展に臨んだ人々の気概が感じられて見応え抜群ですよ。

 

八角塔は「独立と進取」のシンボル

「赤れんが庁舎」を語るうえで欠かせないのが、明治6年に建てられた「開拓使札幌本庁舎」。米国風ジョージア様式と呼ばれる洋風建築で、建物の上にある大きなドームが特徴です。ドームは、当時のアメリカで「独立と進取」のシンボルとして流行したものでした。


開拓使札幌本庁舎▲完成からわずか6年後の明治12年に焼失した「旧開拓使札幌本庁舎」。北海道開拓の村で復元した建物を見ることができる


明治15年に開拓使が廃止され、明治19年の北海道庁設置とともに「赤れんが庁舎」の建築がはじまります。 この時、旧開拓使札幌本庁舎の「独立と進取」のシンボルを継承するように、ドームを模した「八角塔」も建設。「赤れんが庁舎」が完成したのは明治21年でした。


八角塔▲中央の緑色のドームが八角塔。当初の設計になかった八角塔は、安全上の理由で明治28年に撤去される。昭和43年の復元工事で再現されるまで、庁舎に八角塔は存在しなかった


ところで、道庁の敷地内に「開拓使札幌本庁舎」の史跡があるのをご存知でしょうか。庁舎の北側にある石碑に「開拓使札幌本庁舎」の跡地が記されています。


「開拓使札幌本庁舎」跡地▲赤れんが庁舎の少し北側にある「開拓使札幌本庁舎跡」。昭和42年に「旧北海道庁本庁舎(赤れんが庁舎)」とともに史跡に指定された


「開拓使札幌本庁舎」跡地▲現在、旗を掲げているところが「旧開拓使札幌本庁舎」の中心地だった。背景の建物は今の本庁舎

 

大きな火災を経て、現代によみがえる

明治19年に北海道庁が設置され、明治21年に「赤れんが庁舎」が完成。これが今の「赤れんが庁舎」の原型となります。2階建てで、高さ33m、奥行き36m、間口61mあり、当時は日本国内でも有数の大きさを誇ったそうです。

あまり知られていないかもしれませんが、庁舎には地階もあるのですよ。かつては印刷室などがあり、現在は文書館の書庫として使われているそうです。 


創建時の赤れんが庁舎▲創建時の赤れんが庁舎。池の造成や木の植栽が行われたのはこの翌年


明治42年、庁舎内で火災が発生。真冬の1月11日のことで、火元は地下の印刷室といわれています。当時は消火活動もままならず、11時間も燃え続けて内部が全焼してしまいます。

内部は全焼したにも関わらず、耐火性の強いレンガはほぼ無傷でした。
火災からわずか2年後、明治44年に庁舎は復旧します。
現在見られる庁舎の内部はこの当時にできたものです。よく見ると、いたるところに防火対策が施されていることがわかります。


防火扉▲廊下一面をすっぽりと覆うことのできる大きな防火扉
 

天井の防火対策▲天井は木製に漆喰を塗ったものから、金属板に白く塗装したものへと変わった。1階の文書館展示室に火災後の天井のサンプルがある

 

明治期の札幌産レンガを使用

大火災で無傷だった外壁のレンガについて見ていきましょう。
「赤れんが庁舎」で使用されているレンガは約250万個。
積み方にも特徴があり、日本では比較的珍しい「フランス積み」という方法が採用されています。フランス積みは、レンガの長手(側面の長い部分)と小口(側面の短い部分)を交互に積む方法。建物を一番美しく見せる積み方といわれています。 


フランス積みレンガ▲白石村(現在の札幌市)で製造されたレンガを使用。昭和43年の復元工事では江別産のレンガも使用された


換気塔▲屋根の上に立つ換気塔。人の目につく場所ではないにも関わらずレンガで凝った装飾がなされている

 

後ろ姿美人、横顔美人

正面から見た「赤れんが庁舎」も素敵ですが、後ろや横からは、また違った表情を見ることができます。

「後ろ姿美人」と称される背面の様子。正面から見たときの華やかさとはうって変わり、シンプルながらも厳粛な雰囲気が魅力です。換気塔の存在感が際立っていますね。 


後ろから見た赤れんが庁舎▲後ろから見た赤れんが庁舎。中央の丸い窓に開拓使のシンボル・五稜星がある


横側から見た赤れんが庁舎。左右に迫り出たベイウィンドウがとてもおしゃれです。
中央には玄関口。奥には地下に通じる階段があるのだとか。職員が使う入口だったのでしょうか。屋根の上にもしっかりと五稜星があります。


横から見た赤れんが庁舎▲横から見た赤れんが庁舎。異国情緒あふれる雰囲気が魅力

 

国の重要文化財が多数保存されている文書館

「赤れんが庁舎」の内部にも見どころがたくさんあります。入館は無料なので気軽に行ってみてくださいね。

北海道の歴史に関する資料を保管、展示しているのが「文書館」。
この文書館には、幕末、開拓使から北海道庁にいたる明治期、現在に至るまでの記録が大事に保管されています。

驚きなのは、幕末の箱館奉行所文書が167点、開拓使文書の7832点が国の重要文化財に指定されているということ。
さらに驚きなのは1階の「文書館閲覧室」で、誰でも原本を見ることができるということです。
担当の方によると「文書館は歴史資料を保存すると同時に、皆様に利用していただくために設置された施設です。資料の劣化を防ぐために、皆さまにご協力をお願いしておりますが、調査研究などに役立てていただけると幸いです」と話をしてくれました。

この幕末から明治初期の文書が多く保存されているのは、全国的に見ても珍しいこと。大きな火災があったのに、なぜ多くの文書が残ったのでしょうか。残った資料の多くは赤れんが庁舎から離れた石蔵に保管されており、火災の難を逃れたのだそうです。 

 

開拓の歴史を今に伝える「文書館展示室」

北海道の歴史を知るなら1階の「文書館展示室」へ。ここでは、開拓使時代の資料を中心に展示されています。
みどころは、北海道の名付け親である松浦武四郎がつくった北海道地図。海岸から内陸までアイヌ語地名がびっしりと書かれているのが、とても興味深いです。 


松浦武四郎の北海道地図▲奥にあるのが松浦武四郎の北海道地図


もうひとつの見どころは、明治初期の札幌の街並みを表現したジオラマ。前述の「開拓使札幌本庁舎」と「赤れんが庁舎」の位置関係を知ることができます。 


ジオラマ▲中央にある明治初期の札幌の街並みを表現したジオラマ
 

ジオラマ▲街なかに多くのメム(湧水)を源とする川が流れている。現在は植物園となっている原生林も

 

庁舎内の建築美

入口からすぐ目に入るのが3連アーチ。アーチの上部分や柱、階段の彫刻は洋風建築の特徴です。


三連アーチ▲玄関を入ってすぐ、優美な三連アーチが出迎えてくれる
 

三連アーチの彫刻▲三連アーチの彫刻。明治42年の火災の際、外壁とこの三連アーチだけが焼け残ったともいわれているが、火災後の復旧工事で造られたものとも考えられている


三連アーチをくぐり、階段の踊り場からは、歴代の長官や知事が執務をした記念室の入口が見えてきます。正面玄関のすぐ上が記念室となっています。


階段と記念室▲2階の記念室の扉は正面玄関と同じアーチ状。均整のとれた美しさがある


記念室▲広いスペースが空いた記念室の入口


記念室には歴代の長官や知事の写真が並べられており、扉の上や窓枠に施された彫刻が格式の高さをうかがわせます。また、防寒対策のために二重窓となっているのも特徴です。夏は一重窓にして使うこともできるそうです。


記念室▲この記念室は、今の本庁舎ができる昭和43年まで使われていた
 

二重窓▲記念室の二重窓。写真ではわかりにくいが、ゆがみのある窓ガラスも歴史を感じさせる

 

北海道の歴史を刻む「赤れんが庁舎」

昭和43年まで本庁舎として使用され、同年に明治21年の創建時の姿に復元された「赤れんが庁舎」。蝦夷地が北海道と命名されて100年を記念してのことでした。翌年には国の重要文化財に指定されます。それから約50年、2018年には北海道命名150年を迎えます。
建物の存在そのものが歴史を物語っている「赤れんが庁舎」。ぜひ訪れて、開拓スピリットを感じてみてください。

「赤れんが庁舎」のことを詳しく知りたいかたは、常駐する観光ボランティアガイドさんに案内をしてもらうことをおすすめします。希望の時間に合わせて、無料のガイドツアーを行ってくれますよ。
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