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公開 | うずらはしちあき

情熱の仕事人。スポーツの力を信じて、挑む。北海道コンサドーレ札幌 社長「野々村芳和」

北海道コンサドーレ札幌の野々村社長▲撮影:北海道Likersフォトライター髙田美奈子


北海道コンサドーレ札幌がJ1リーグを戦う、2017年のシーズンがいよいよ始まります。発想力、実行力、そして漲るサッカーへの情熱でクラブ経営の陣頭指揮を執る、野々村芳和さん。力強く「コンサドーレ」を語ってくれました。

 

コンサドーレ札幌元主将、クラブ経営者へ

1993年、10クラブでスタートしたJリーグ。その3年後の96年、北海道に初のプロスポーツチーム、コンサドーレ札幌が誕生しました。 Jリーグへの加盟は全国で16番目のクラブです。
 
2016年シーズンのホームで迎えた最終戦。札幌ドームに詰めかけた約3万3000人のサポーターが声援を送るなか、J2優勝で決めた5年ぶりのJ1昇格。戦いの舞台を移した今季、野々村さんにとっては社長就任5年目のシーズンとなります。


インタビューを受ける北海道コンサドーレ札幌の野々村社長▲野々村芳和さん:株式会社コンサドーレ 代表取締役社長CEO:1972年生まれ、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身。清水東高校、慶應義塾大学卒。プロサッカー選手、サッカー解説者を経て、2013年より現職。公益社団法人日本プロサッカーリーグ理事も務める 
(撮影:北海道Likersフォトライター髙田美奈子)


95年にジェフユナイテッド市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)でプロ選手としての道を歩み始め、2000年にコンサドーレ札幌へ移籍。「地元チームを本気で応援してくれているのを感じた」。コンササポーターがつくるホームゲームの雰囲気から、「ホームってこうなのか」ということを実感として味わいました。
 
当時の指揮官・岡田武史監督率いるチームの重要なプレーヤーとして、J2優勝・J1昇格に貢献。キャプテンを務め、J1を戦った01年に現役を引退しました。引退後もサッカーの道で生きることを選び、サッカー解説、少年サッカースクールの運営などを通じて、魅力を伝えてきました。


サッカー試合中のコンサドーレ札幌元キャプテンの野々村さん▲コンサドーレ札幌では2季プレー。強いリーダーシップ、頭脳的なゲームメーク力を持つMFとして活躍 ©2000 CONSADOLE


自身では考えもしなかった展開が待ち受けていました。コンサドーレ札幌のオフィシャルトップパートナーである石屋製菓(株)石水勲会長から指名され、クラブの社長に転身したのは13年。チームはJ1からJ2に降格直後。財政も極めて厳しい状況にありました。けれど、挑もうという気持ちを固めるまで、そう時間はかかりませんでした。

 

サッカーは勝ち負け以上の価値を持つスポーツ

「クラブを大きくしていくことを考え、そのために仲間を増やしていこうとやってきています。クラブの売り上げをもっと伸ばしていければ、いい選手を獲得できて勝つ可能性の高いチームをつくれることにつながりますからね」。

野々村さんのいう仲間とは、サポーター、パートナー(スポンサー)をはじめ、コンサドーレにかかわるすべての人を指します。
 
どうしたら、より広い層にコンサドーレへの興味をもってもらえるか。情報をメディアに取り上げてもらうことを意識し、自らも積極的に表に出て発信してきました。そして、「サッカーには、コンサドーレには、勝ち負け以上の価値がある」ということを、さまざまなかたちで伝え続けています。
 
「強くないと面白くないとか、上手くないと面白くないとかって、地元のスポーツを応援するスタンスとは別な話で。参加して一緒にクラブをつくっていく。そういう楽しみ方でコンサドーレを応援してくれる人が増えてきたかなと感じていますね」。


2017年に北海道コンサドーレ札幌に加入するタイ人のチャナティプ・ソングラシン選手▲白い恋人パークで開かれた、“タイのメッシ”こと、チャナティプ・ソングラシン選手の新加入会見  ©2017 CONSADOLE


北海道コンサドーレ札幌には今季の7月から、タイのトッププレーヤーである、チャナティプ・ソングラシン選手が加入します。過去にはインドネシアのステファノ選手や、ベトナムの英雄と呼ばれるレ・コン・ビン選手(昨季で現役引退)が在籍していました。
 
「東南アジアのスター選手がプレーすれば、コンサドーレを介してその国の人たちに北海道を知ってもらうきっかけをつくれる。新聞でもスポーツ面で試合の勝ち負けだけが報道されるのではなく、経済面にも取り上げてもらえる価値があるんだと伝える。それが、新しい仲間を増やすことにもつながるんです」。
 
2015年、北海道共通ポイントカード「EZOCA」を運営する(株)リージョナルマーケティング、新電力の(株)F-Power(東京)との共同事業による「エゾデン」を立ち上げ、電力販売に参入。F-Powerは今後、道内に建設する火力発電所から電力を供給する“地産地消”を目指しているそうです。


新電力販売会社エゾデンの記者会見の模様▲エゾデンの副社長には野々村さんが就任  ©2015 CONSADOLE


「普段の生活の中にコンサドーレが役立つようなものをつくっていくことも、クラブを大きくすることにつながるのかなと。サッカーは地域対抗戦。まずは、“ザ・北海道”というクラブにしたい。同じ北海道に思い入れのある仲間でチームを組めば、発信力もありますからね」。
 
2016年には、株式会社北海道フットボールクラブから株式会社コンサドーレへ、コンサドーレ札幌から北海道コンサドーレ札幌へと、会社名とチーム名を変更しました。
 
社名をコンサドーレとしたのは、「サッカーだけでなく、コンサドーレの事業の中にいろいろなスポーツを取り入れて、地域から北海道のスポーツを育てていきたいと考えた」からだといいます。スポーツの活性化をはかることは、ひいては北海道を盛り上げることにつながります。

 

北海道からアジアへ“仲間”を増やしてクラブを大きく

野々村さんが就任時の13年のクラブの売り上げは約11億、今季は25億円を見込んでいるといいます。
 
「この数字はコンサドーレ史上最大。とはいっても、Jリーグ全体の中では20番目くらいなんです。J1に定着するには35億くらいの規模になっていかないと」。そうクラブの現況を話し、「サッカーの価値をわかってくれる人が増えれば、絶対にでっかくなっていける」と力を込めます。
 
「クラブを強く」という野々村さんの思いは、「日本サッカーの力になりたい」というところにつながっています。
 
「日本のサッカーが強くなるために、親会社のない市民クラブとはいえ、200万人の札幌、540万人の北海道にひとつしかないクラブで、スタジアムがあって素晴らしい練習環境もある、そのクラブが20番目って違うでしょと思うんですよね」。


札幌ドームのピッチで挨拶する北海道コンサドーレ札幌の野々村社長▲2016年11月20日、ホームゲームでJ2優勝・J1昇格を決め、スタンドのサポーターに挨拶 ©2016 CONSADOLE


原動力は何かと問うと、「今はクラブが大きくなっていくこと」と返ってきました。円陣を組む仲間は、北海道からアジアへも広がります。そしてそこに、自分の子供のようにして常にコンサドーレのことを思ってくれる地元サポーターがいる。そのことが嬉しいのだと教えてくれました。
 
「一生懸命にやっているとチャンスがくる。それは感覚でわかるというか。がむしゃらにやっているだけですよ」。
 
サッカーの価値を、スポーツの力を信じ、そして北海道のプロサッカークラブ・コンサドーレだからこそできることがある、そう信じているから、野々村さんはがむしゃらに走り続けているのだろうと感じました。

 

■今季J1を戦っていくにあたり、野々村社長からメッセージをいただきました


 選手、サポーター、スポンサー、地域の空気感、そのすべての力を100%出すのは難しいことです。それをウチがやれたとしても、相手チームもやれたとしたら、J1残留は容易なことではありません。ただ、今まで以上にクラブは大きくなっているので、チャンスはある。それぞれの力を出し合って頑張りましょう!

 

関連リンク

北海道コンサドーレ札幌 オフィシャルサイト
エゾデン
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