情熱の仕事人。北海道の食文化、笑顔を未来へ。松尾ジンギスカン4代目社長「松尾吉洋」



滝川市で誕生して60年。道産子に根強く愛される「松尾ジンギスカン」。今回の情熱の仕事人は、変わらない味を守りながら、新たな挑戦を重ねていく株式会社マツオ代表取締役社長・松尾吉洋さんです。

 

滝川と松尾ジンギスカン

花見やキャンプなどでの“お約束”、家庭でも食べられ、専門店もあちらこちらに。北海道民の生活の中に定着しているジンギスカンは、北海道の食文化であり、北海道遺産にも認定されています。
北海道のジンギスカンには、羊肉をタレ漬けした「味付き」と、焼いた肉にタレをつける「後づけ」の大きく2通りがあります。松尾ジンギスカンは、北海道を代表する味付きジンギスカンの老舗ブランド。その製造・販売、飲食店舗を手がけているのが、滝川市に本社を置く株式会社マツオです。





鉄鍋中央の盛り上がった山で肉を焼き、ふちにたまったタレと肉汁で野菜やうどんを煮て食べるのが楽しみ方。松尾ジンギスカン2代目の長男として生まれた松尾さんは、ジュウジュウ肉を焼く音、タレの甘く香ばしい匂い、大勢のお客さんを間近にして育ってきました。
「お店に毎日、団体バスが来ていたというのが子供の頃の記憶ですね」。いずれ自分が継ぐものと、自然と考えるようになっていたといいます。





創業は1956年。今年60周年を迎えた松尾ジンギスカンは、松尾さんの祖父にあたる松尾政治さんが開いた「松尾羊肉専門店」からその歴史をスタートしました。
大正時代、軍需資源として羊毛の国内自給を目指した国の計画によって、綿羊飼育のため、滝川、札幌の月寒(つきさむ)地区など全国5ヶ所に種羊場が開設。羊毛だけではなく、羊肉をはじめ羊の様々な活用方法が研究されていました。








「戦後のことですが、祖父が綿羊組合の方に『うまいものがあるから』と誘われて食べたものが、綿羊の肉でした。当時、毛のとれなくなった高齢の羊は、臭みがあって食べにくいものだったのですが、どうしたらこんなにもおいしくなるのかと。商売にしてたくさんの人に食べてもらおうと考えた祖父は、羊肉をタレに漬け込むという教わったレシピをもとに、タレづくりに10年ほど試行錯誤して開業に漕ぎ着きました」。





特徴であるタレは、肉の臭みを消すのにニンニクを使わず、地元産のタマネギとリンゴをたっぷりと使った滝川ならではの味。政治さんが開発したそのタレは、半世紀以上を経た今日も変わっていないといいます。
「滝川は羊研究の拠点で、肉をおいしくするためのタマネギとリンゴの名産地。この地の利もあって、味付きのジンギスカンが生まれたのです」。




 

おいしさが知れ渡ったきっかけは?!

ところで、どうして松尾ジンギスカンのおいしさが知れ渡ったのか、気になるところです。松尾さんはこう教えてくれました。
 
「昭和31年に開業した当初は、まったく売れませんでした。そうこうしているうちにお花見の時期がきて、近くの桜の名所の公園で七輪を貸出して、ジンギスカンを売ってみることにしたんです。ジンギスカンを焼くと、いい匂いがしますよね(笑)。匂いに誘われて、『うまそうだ』『俺にも俺にも』と売れ出したそうです。花見をしながら七輪で食べてもらったことが、松尾の味が伝わっていくきっかけでした。最初は販売だけでしたが、お客さまからの要望もあって、自宅兼店舗を改装して食べられるスペースを設けるようになったんです」。
 
滝川市は国道12号・38号が交わり、鉄道の合流地点でもあります。交通の要衝だったことも手伝い、松尾ジンギスカンのおいしさは全道に広まり、また、遠方からの観光客、道外にも知られるようになっていきました。




 

気軽に来店して味わえる店舗を展開

松尾さんは、関東で高校・大学時代を過ごし、大学卒業前年に2代目である父親が亡くなったことから急遽帰省。株式会社マツオに入社後、羊肉の加工処理などを行う工場から仕事をスタートし、副社長を経て2014年に社長に就任しました。
 
店舗は現在、滝川本店のほか、札幌、新千歳空港、東京に直営店を構えています。多人数でジンギスカン鍋を囲み、ビール片手に賑やかに楽しむのがお馴染みのスタイルですが、女性、おひとりさま、子供連れのお客さんが気軽に来店して味わえる店舗づくりにも松尾さんは挑戦しています。
 
昨年は、初の試みとしてカウンター席を設けた、地域密着型小型店舗の札幌北24条店をオープンし、また、新千歳空港には、オーダーを受けて調理したジンギスカンを提供するフードコート店を出店。東京には銀座店と赤坂店を構え、来る5月8日に新宿三丁目店を新たにオープンさせます。





商業施設のフードコートへの出店は、「松尾ジンギスカンの味が広く受け入れられるかどうかのチャレンジ」だと話します。「輸入羊肉の8割が北海道での消費です。羊のおいしさ、ジンギスカン自体を知ってもらう間口を広げるためにも、国内外を視野に入れながらフードコートでの出店に取り組んでいきます」。
 
直営店では店名を「まつじん」としていましたが、味付きジンギスカンの商品名と揃え、この4月からすべての店舗名を、ロゴマークの「丸松」を掲げ「松尾ジンギスカン」に統一しています。「お客さまが『まつじん』と愛称で呼んでくださるのはありがたいことです」と松尾さん。店名としてのまつじんの役割はいったん終えさせ、改めてブランディングを強化していくそうです。

 

原動力は「北海道」。子供たちに伝えたい滝川の味

道外展開を図っていますが、松尾さんが最も力を込めて語るのは「ベースはあくまでも北海道」であるということです。
「北海道と滝川に育てられて当社の今があります。『観光の人は食べるけれど、地元の人は食べない』などといわれるようなことになってはいけない。大事なのは、道民の皆さんから支持され愛され続ける松尾ジンギスカンであること。そこを大前提としての、観光であり道外であると考えています」。
 
ジンギスカンという北海道の食文化・遺産を継承していく活動にも取り組んでいます。
企画を進めてきた学校給食のプロジェクトが昨年実現。滝川市内の小中学校10校・約3,000人の児童・生徒が、寄贈した食材でつくられた「ジンギスカン丼」を味わいました。これまで、リンゴ産地の市内江部乙地区の小学校などで、ジンギスカンの歴史を伝え、タレからジンギスカンをつくって食べてみようという親子参加の食育教室も開催してきています。





「今は外食の選択肢が増えていますし、親しんでくださっているお客さまも高齢化していきます。いかに子供さんたちに味を伝えていくかが大きなテーマです。地道ではありますが、毎年1度給食で食べてもらうことで、ジンギスカンが自分たちのまちの料理であることを知ってほしい。『給食で松尾ジンギスカンが出たよね』と、将来思い出してくれたらというのが私たちの思いです」。
また、まちの少年野球チームの応援も長年継続し、「優勝したら松尾ジンギスカンでお祝い」が、野球少年たちの楽しみになっているそうです。





ジンギスカンの魅力とは?という問いかけに対して、松尾さんはこう答えてくれました。
「家族や仲間とのいい思い出づくりができることだと思います。『楽しい場面に、いつも松尾ジンンギスカンがあった』といってもらえることが嬉しいですし、私たちはそうあり続けたい」。
自身にとっても、ジンギスカンは「思い出と共にあるもの」といいます。「家族でも食べていました。昼・夜と食べることもよくありますが、飽きないですね(笑)」。
 
松尾ジンギスカンというブランドを守り、さらに磨きあげていく松尾さん。熱く北海道を思い、そして道外へもジンギスカン文化、おいしさを発信しながら、たくさんの笑顔をつないでいきます。