60周年を迎えた札幌ジンギスカンの聖地!「成吉思汗だるま」




ジンギスカンの老舗の中でも、札幌・すすきのに店を構える「成吉思汗(ジンギスカン)だるま」は、生マトン肉を焼いて、オリジナルのタレにつけて食べるというスタイル。お肉が柔らかくて、タレとのマッチッグが絶妙で、いつも行列の大人気!

1954年創業のこのだるまが今年(2014年)10月10日で60周年を迎えることに。改めて札幌っ子が大好きな、この札幌ジンギスカンの「聖地」をご紹介します!

 

60年貫かれた「だるま流」でとにかく旨い!

だるまはすすきのに4店舗。本店に次いで古いのが、この6・4店です。どの店も従業員は女性のみ!昔から「だるまのおばちゃん」として、お客から親しまれています。

 


この写真の中央が、だるまを守り続けてきた2代目女将の金官澄子さん。いわば、おばちゃんの中のおばちゃん!なのです。では早速女将から、「だるま流」のジンギスカンを教えてもらいましょう。

6・4店はカウンター席のみの26席。カウンターに取り付けられた七輪には、もうかんかんに炭火がおこっています。

 


お客が席に座ると、だまっていても七輪に鉄鍋が置かれ、即座にネギ、玉ねぎなど野菜がドバッ!この最初の野菜は無料だそう。

 


そしてお肉が登場。創業以来の生マトンです!モモやバラ、ロースや肩ロースなど、いろいろな部位が入っています。1人前で110gだそう。ちなみにマトンとは、生後2年以上の羊のお肉。生後1年未満のラムとは違って、しっかりとお肉の味がするのです。




鍋が温まって薄っすら煙が出てきたら、羊脂を鍋にひいて、お肉をのせます。今回は特別に「ジンギスカン上」のちょっと良いお肉も、のっけてもらいましたぁ!

 


徐々に焼けてきました。マトンの臭みは脂から。だるまの鉄鍋なら、スリットから余分な脂が下に落ちるので、マトンが美味しく焼けるのです。女将さん曰く「焼き過ぎは厳禁!両面ともちょっと色が変わったら、もう大丈夫」。

 



さて食べる前には、タレに必ず薬味を。薬味はにんにくと「南蛮」です。道外の方でも、北海道Likersファンならもう南蛮って何か、わかりますよね。そうです、とうがらしのことです!

 


焼けたお肉を、たっぷりタレの中につけて…。

 


パクッ。うん、やっぱり旨い!だるま秘伝のタレは、他店に比べて甘み抑えめのスッキリ味。ラムと違ってコクのあるマトンが、この特製のタレとぴったり合うんです。食べ飽きることなく、1人前のお肉はぺろっといってしまう感じ。これはだるまならではです。

次第に鍋の周辺に配置された野菜も、中央から流れてくる肉汁を吸って、美味しく食べ頃になってきます。野菜を食べるとまたお肉が食べたくなって。お肉2人前を食べる人が一番多いそうです。最高食べた人は、男性では17人前、女性では14人前だとか。それもびっくりですね。

 

たゆまぬ向上心が、長くお店を続ける秘訣

場所を改めて、女将の金官澄子さんに、じっくりとだるまの歴史をお聞きしました。先代の金官菊子さんは、とうきび(とうもろこし)やつぶ焼きの屋台を経て、1954年すすきのに2.5坪の小さなジンギスカンのお店を出します。屋号は、「七転び八起き」の精神から、「だるま」に決めました。

 



「当時、肉はごちそうでした。ラーメン一杯が40円程度だったのですが、その値段で美味しいお肉を食べてもらいたいというのが、最初に先代が考えたお店のコンセプトだったそうです」。

まだジンギスカン店自体がほとんどなかった時代、先代の考えは当り、だるまはすすきので評判のお店に。遅くまで営業していたこともあって、繁華街の夜のお店が終わった後に、バンドマンやホステスさんが訪れることも多かったそうです。「中には、その後テレビで有名になった方も。そのおひとりがテレビの深夜番組で紹介してくださって、おかげ様でだるまの名前が一躍全国的に有名になりました」。





そして60年。いろいろなことがあったと思うのですが、どうしたらこれだけ長くお店が続くのでしょうか?「美味しいものを提供するのがまず基本。また私達は味にせよ接客にせよ、常にお客様の期待以上のものを提供しようと心がけてきました。それをお客様がわかってくださったからじゃないでしょうか」。なるほど!その姿勢に惹かれてか、先代女将の時代から、50年間通ってくる方もいるそうです。凄い。

女将さんの2人の息子さんのお嫁さんも、すでに次世代の女将修業を始めています。「私の目標は、孫の世代までだるまが続くこと。時代に合うように、タレの研究もずっと続けています。お客様に支えられて今年で60周年ですが、この先70周年、80周年…そして100周年までお店を続けられるよう、もっと良いお店を目指して頑張っていきますよ」。