情熱の仕事人。旭川のまちの魅力をデザイン。デザインピークス代表「伊藤友一」



旭川市に本社を置く広告デザイン制作会社、デザインピークス代表の伊藤友一さん。ものづくりのまち・旭川において多様な活動に携わり、地域の魅力を内外に広く発信しています。

 

デザインはすべての活動に共通

地元旭川の高校を卒業して上京。デザインの専門学校に学び、東京でデザイナーとしてのキャリアをスタート。Uターン後は、大手広告制作プロダクションの旭川分室に勤務し、百貨店の広告物の制作に携わってきました。
1993年、37歳の時に有限会社デザインピークスを設立。現在は広告のデザイン制作を中心とする同社と、イベントや商業空間・各種商品などをプロデュースする企画会社、株式会社20パーセント(札幌市)の経営にあたっています。





ものづくりや食のシーンなど、旭川の様々な活動やプロジェクトにも携わっている伊藤さん。「私が考えるデザインは、アイデアを出し、計画して、それを具現化すること。それが“紙”であっても“モノ・コト”であっても同じなんです」。そう話す伊藤さんにとって、社業と地域の活動はひと続きのライフワーク。数々のクリエイティブワークを手がけてきた経験の引き出し、柔軟な発想をもって、地域の元気につながるデザインに取り組み続けています。




 

愛する旭川ラーメンを全国へ

活動の中のひとつに、会長を務める「旭川ラーメンバーズ」があります。同会は旭川ラーメンを愛し、応援しようという市民が集まり、1995年に組織されました。
 
旭川ラーメンは、豚骨・鶏ガラと魚介類のダシを使ったダブルスープが主流。しょうゆ味が王道ですが、ニューウエーブも増え、市内には多数のラーメン店が存在します。96年には永山地区に、8店が入る「あさひかわラーメン村」がオープン。老舗をはじめ各店がこだわりの味を提供しています。
 
このラーメン村は、旭川ラーメンバーズの発案によって誕生しました。
「日本三大ご当地ラーメンといえば、札幌、博多、喜多方ラーメン。旭川ラーメンは、そのどこにも負けていない。札幌はラーメン横丁、博多には屋台がある。喜多方はラーメンでまちおこしをした成功例。旭川ラーメンの知名度を上げるには、何かハードが必要だろうということで企画したのが、ラーメン村なんです」。





「旭川ラーメンをもっとメジャーにしたい」。強い思いのもと、企画書を作成し、ラーメン店へ呼びかけ、候補店をまわりチェック項目にそって入居店を選考。伊藤さんはその中心となって動きました。旭山動物園が全国区へと人気が高まると同時に、あさひかわラーメン村の集客数も増加。旭川ラーメンは広く知られるところとなりました。
 
ラーメン集合施設は全国各地にありますが、伊藤さんは「地元のラーメン店だけが集積しているのは、ほかにあまりないのでは」と、ラーメン村の特徴をあげます。入居を希望する店も多く、また、オープンから20年になる現在も、集客は安定しているそうです。「旭川ラーメンの人気が単にブームではなく、定着したことがうれしいですね」。そういって笑顔をみせます。

 

旭川に公立「ものづくり大学」の設置を目指して

JR旭川駅のほど近くにある、赤レンガ倉庫群「蔵囲夢」は、旭川家具を中心としたものづくりのまちの文化を育む拠点。近代椅子のコレクター・研究家として著名な織田憲嗣さんのコレクションを公開する「チェアーズギャラリー」、市民の様々な作品を展示する「デザインギャラリー」の2館を、伊藤さんが長く活動にあたる旭川デザイン協議会で運営しています。「織田先生が所蔵されている椅子は約1,300脚。この素晴らしい宝物を、ギャラリーではテーマを変えながら展示しています」。
 
旭川は、全国有数の木工家具産地として知られています。高いデザイン性と品質を誇る旭川家具は、3年に1度開催され、2017年に10回目を迎える「国際家具デザインフェア旭川 (IFDA)」や、「旭川家具産地展」(2015年から「ASAHIKAWA DESIGN WEEK」に改称)といったイベントを通じても、その知名度をあげてきました。IFDAで実施される国際家具デザインコンペティションは、国際的デザイナーの登竜門として注目を集めています。こうしたイベントの運営にも伊藤さんは関わっています。
 
「IFDAを立ち上げたのは、(総合家具メーカー)カンディハウスの創業者である長原實さんです。昨年、80歳で死去されました。『これを10回続けることが、旭川家具というブランドを世界に認知させることにつながるんだ』という長原さんの意思を継ぎ、我々は使命感をもって10回目に向かっていく」と語ります。





2014年、数多くの人材を輩出してきた、東海大学旭川キャンパス(芸術工学部)が閉鎖になりました。閉鎖決定を受けて11年に結成されたのが、旭川に公立「ものづくり大学」の設立を目指す市民の会です。
 
「35万人くらいの地方都市から、大学がひとつなくなるのは重大なこと。まちから若者の流出をくい止める、逆に全国から世界から来てもらう。このことに大学は大きな役割を果たします。若者や研究者、頭脳が集積することで旭川の産学の取り組みが生まれ、また新しいクリエーションに生かすことができる。そういう意味でも大学は必要なんです。市に開設を働きかける市民の会を先導してきたのは、長原さんです。70代半ばから活動を続けてこられました」。

伊藤さんは、長原さんの志を継ぐ1人。「小さな規模からでもいい。諸問題を乗り込えて、早く開設を実現させたい」と熱を込めます。





旭川の“いいところ”を、伊藤さんはこう教えてくれました。
「都市機能に加え、大雪山の大自然が近くにあるのは非常に魅力ですよね。何をするにもまとまる規模で、ことを起こすのも楽しい。大好きなまちですよ。何であれ、すぐに行動することが大事。止まれないのは性格(笑)」。
有言実行にこだわる“まちのクリエイティブディレクター”は、まだまだ走り続けます。

 

関連リンク

有限会社デザインピークス
株式会社20パーセント
あさひかわラーメン村
国際家具デザインフェア旭川