湿原と史跡を歩いて歴史に触れる。標津町ポー川史跡自然公園



国指定天然記念物の標津(しべつ)湿原と、国指定史跡の伊茶仁(いちゃに)カリカリウス遺跡からなる「ポー川史跡自然公園」は標津町にあり、北海道東部の歴史や文化、自然に触れられる場所です。

総面積630ヘクタールと広大ですが、一角が一般公開され、大体1時間30分~2時間あれば散策できます。

 

標津湿原




標津湿原は、高層湿原に分類されます。栄養の少ない定温湿地にある湿原のことです。低温ゆえに枯れた植物が腐敗せず、泥炭となって蓄積してできています。

標高は3メートルほどですが、毎年5~7月には、本州では1,500~2,000メートル級の高山植物が見られます。これらの花の1部は、氷河期のツンドラ植物の生き残りともいわれているそう。ロマンがありますね。





木道からは、湿原を蛇行して流れる、ポー川も見られます。




 

伊茶仁カリカリウス遺跡

湿原の木道から森に入ると、伊茶仁カリカリウス遺跡です。ほかにも町内には古道遺跡、三本木遺跡などがあり、まとめて標津遺跡群と呼ばれています。





縄文時代から約10,000年、この場所で人々が生活していたことを証明するのが、ここいら一帯で見つかっている2,549軒の竪穴住居跡。埋まっていて見えないものも含めると、倍以上の数の住居が存在したと推測されています。





森のなかには、1,000年前に知床半島周辺に広がったトビニタイ文化の竪穴住居が復元されています。





そのうち1軒をのぞくと、炉のあたりにヒカリゴケが自生していました。とてもきれいに発光していましたよ。





先人たちも利用したとされる湧水の泉も見られました。




 

歴史民俗資料館

駐車場からすぐの歴史民俗資料館には、発掘された土器などが展示され、先人たちが狩猟と採集の生活をしていた様子がイメージできます。標津町はサケのまち。集落ではサケ文化が築かれていたことも伺い知れます。

またここは、寛政元年(1789年)に、クナシリメナシの戦いが勃発した場所です。和人が地元アイヌに横暴な振る舞いをしたことが原因でした。そのときに鎮圧に尽力した12人のアイヌの首長こそ、松前藩家老で画人の蠣崎波響(かきざきはきょう)の作品、夷酋列像(いしゅうれつぞう)に描かれた12人です。関係する資料も展示されていました。

「ポー川史跡自然公園」は、大自然に触れながら北海道東部の歴史の勉強もできる、おすすめのスポットです。



 

関連リンク

ポー川史跡自然公園

 

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