情熱の仕事人。食を育む「大地」。子供たちが生きる未来につなぎたい。「湯浅優子」



全国でいち早く酪農のファーム・インに取り組んできたり、北海道にスローフードの会を立ち上げたり、十勝の大地に根ざし、未来に思いを寄せて活動する女性がいます。今回の情熱の仕事人は、スローフード・フレンズ北海道のリーダー、湯浅優子さんです。

 

農業実習生として新得町へ

目の前に広がるのは十勝の高い秋空と、ずっと先まで続く牧草地。放たれた牛たちが、気持ちよさそうに過ごしていました。「この風景が好きなんです。守りたいと思いますね」。





湯浅さんは東京出身。アルバイト情報誌で偶然目にした「新得町農業実習生募集」の求人に応募したことが、その後の人生を決定づけました。新得町へ来たのは1974年のことです。

「仕事は正直、3日で逃げ出したかったんですが、人があたたかくて、食べ物がおいしくて」。受け入れ先の農家のお母さんが、農作業の合間のお昼にソバを打って食べさせてくれたこと、かじりついたもぎたてのトマトの味。すべてが新鮮な体験だったと振り返ります。
間もなく湯浅健(つよし)さんと出会い、結婚。農業に就いたばかりのご主人と、息子さんたちを育てながら、懸命に働きました。




 

ファーム・インを始めて知った、人と語り合うことの大切さ

その頃、農業は大規模化へと向かっていました。「酪農であれば、牛舎を増築し、たくさん牛を飼い、乳量を増やしてと、みんなが迷わず規模拡大に突き進んでいました。私たちも、そう。成長という言葉しかない時代でした」。

農業を取り巻く様々な情勢の変化の波は、小さな地域にも起こっていました。農業そのものに疑問を感じ、自分たちの酪農のかたちを模索するなかで知ったのが、ヨーロッパで行われていたグリーン・ツーリズムでした。

「少しの牛を放牧しながら飼って牛と共に生活したり、訪れる人に滞在してもらって農村の魅力を感じてもらったり。それも農業のひとつのスタイルなんだな、私たちにも目指せる酪農があるかもしれない。それがわかって、ものすごくほっとしました。いろんなことに耳を傾けだすと、情報がやってくるから不思議ですね」。




湯浅さん夫婦は、新たな酪農の道で生きることを選択。自宅を改装し、ファーム・イン「つっちゃんと優子の牧場のへや」を96年にオープン。牛を飼いながら、1日1組のゲストを迎えてきました。

お客さんと一緒にひとつのテーブルで食事をすることを通して、人と語り合うのは大切なことで、幸せなことだと知ったといいます。それと同時に痛感したのは、生産者と食べる人との距離がいかに離れているかということでした。

「牛乳は、搾って水で薄めているものと思っていた方もいました。逆にいうと私たちも、搾っている牛乳が、どうやって食卓にのぼっていくのかを知らずにいました。乳搾りだけをしていたときは、そういうことを考える余裕がなかったんですね。食の問題は尽きることがありません。私たちつくる人が食べる人とつながっていくことが、どれだけ大切なことか。ファーム・インは、その原点を学ぶ場でもありました」。

※現在、ファーム・インは休業中です

 

仲間と共に伝えていく「スローフード」

農村を体験してもらう、命を支える農業を知ってもらう。それだけではなく、グリーン・ツーリズムという言葉の奥にあるものを、もっと勉強しなければいけない。そう思い始めたときに、湯浅さんは「スローフード」と出会ったのです。

イタリアの小さな村から起こったスローフードは、食を通して、暮らしや生き方を見つめ直し、より質の高いライフスタイルをめざす運動。89年にスローフード協会が設立され、活動は世界各地に広がっています。

「島村菜津さんの『スローフードな人生!』という本に書かれていたことが、とてもしっくりきたんです。その後、関連する本をむさぼり読みました。“スロー”というキーワードが、“早く、たくさん、もっともっと”という農業をやってきた私たちに足りなかったものを教えてくれました」。





島村さんの著書と出会った翌02年、湯浅さんは仲間とともに会を立ち上げ、運動に取り組み始めました。リーダーを務めるスローフード・フレンズ北海道は、生産者、料理人、クリエイターなど多彩な職業のメンバーが集まり、全道をネットワークしています。
十勝、札幌市、旭川市、えりも町、瀬棚町にサブリーダーの方々いて、フレンズから独立し、占冠(しむかっぷ)村で活動をしている方もいます。





「人間って立ち止まることがないんですよね。安易な便利さが増えていく分。食を通してものごとを考えてみよう、幸せに生きるために知恵を出し合おうというのが私たちの活動であり、伝えていきたいことなんです」。

各地の生産現場を訪ね、そこで食材を調理して食卓を囲みながら会話をすることを、活動として大切に続けてきているそうです。

 

人と人がつながり合える大会をめざして。「テッラ・マードレ・ジャパンin北海道2015」

イタリアで世界大会が開催されている、スローフードの「テッラ・マードレ」。11月、その日本大会が北海道で開かれます。テッラ・マードレとは「母なる大地」の意味。様々なコミュニティ、団体、個人が集い、食を育む大地の未来を共に考えようというミーティングの場です。

「以前から北海道でやりたい思いはありました。東日本大震災が起こり、食卓を囲んで『おいしいね』だけではだめなんだと思い知ったときに、実現しようと決めました」。
手づくりで、自分たちのできる範囲でと、様々な人の協力を得て3年前から準備を進めてきたそうです。

「大地とのつながりを実感し、スローフードに関わる人だけではなく、未来のためにいろんな人と人がつながっていく大会にできたらと考えています。
地域を動かそうと、声を出して活動する若者が増えています。彼らの子供たちが、100年後も生きているという実感をもっともってもらえるように、いま、若者たちと語り合うことがとても大事なことだと思っています」。





湯浅さんから感じるのは、熱い思いだけではなく、深いやさしさです。そのことを伝えると「何でも夢中になっちゃうんですよ」と笑い、こう話してくれました。

「この場所で生きていることが大きいのかも知れません。新得に来て、関わり合い助け合うことが人間の生きる姿なんだと感じて、私は人が大好きになりました。それが生かされて、楽しくファーム・インをやってこられたような気がします」。

地域の人、仲間、多くの人とのつながりを大切に紡ぎ、そこから学ぶことで自分の中の引き出しをいっぱいにしてきた湯浅さん。「いま、何ができるか」に心を配り、行動に移していく“十勝の大地のお母さん”から、大切なものを心の中にもらえたような貴重なひとときでした。




 

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