2015年10月10日 | T・H

学び舎で親しまれる名建築「北星学園創立百周年記念館」

札幌市の中心部からやや離れた住宅地の一画、北星学園女子中学高等学校の中庭に建つ「北星学園創立百周年記念館」。バラのアーチの先にある格子窓の玄関を開けると、訪れた人に歓迎の言葉が聞こえてきそうな雰囲気が感じられます▲札幌市の中心部からやや離れた住宅地の一画、北星学園女子中学高等学校の中庭に建つ「北星学園創立百周年記念館」。バラのアーチの先にある格子窓の玄関を開けると、訪れた人に歓迎の言葉が聞こえてきそうな雰囲気が感じられます


敷地のちょうど真ん中、校舎に囲まれた中庭に建つ三角屋根に芥子色の家。ここが「北星学園創立百周年記念館」です。この建物は1926(大正15)年に女性宣教師の住居として建てられ、戦前戦後に多くの宣教師や外国人教師がここで暮らしていました。北星学園の在校生だけでなく、卒業生や地域の人たちにも親しまれている建物で、1998(平成10)年には国の登録有形文化財に指定されています。


建物の中はゆとりのある広さの部屋と高い天井、作り付けの家具などに西洋式の家という印象を受けますが、どこか親しみを感じるのは、引き違いの2重窓やクローゼット内の和だんすなど、ちょっとしたところに日本的な要素を取り入れた工夫がみられるからでしょうか▲建物の中はゆとりのある広さの部屋と高い天井、作り付けの家具などに西洋式の家という印象を受けますが、どこか親しみを感じるのは、引き違いの2重窓やクローゼット内の和だんすなど、ちょっとしたところに日本的な要素を取り入れた工夫がみられるからでしょうか


1階は女性宣教師たちが生活していた時に使っていた電気スタンドや机、北星学園創立者のサラ・C・スミス先生が自費で米国から取寄せたオルガン、ヒンデルの設計図や創建当時の写真が置かれ、2階は学園の歴史を伝える展示室として一般公開しています。
外国から来た女性宣教師たちの生活ぶりは、一般的な日本家屋とは全く違う世界が広がり、当時の女学生たちにとって、この館は憧れの場所だったに違いありません。


創立者のスミス先生が愛用していた椅子。修理されながら引き継がれ、今も式典などに登場して学園の歴史を伝えています▲創立者のスミス先生が愛用していた椅子。修理されながら引き継がれ、今も式典などに登場して学園の歴史を伝えています


スミス先生が米国から取寄せたメイソン&ハムリン社のオルガン。120年以上たった今も美しい音色を聴かせてくれます。卒業生が来て賛美歌を弾いていくことも▲スミス先生が米国から取寄せたメイソン&ハムリン社のオルガン。120年以上たった今も美しい音色を聴かせてくれます。卒業生が来て賛美歌を弾いていくことも


2階には、北星学園の歴史を伝える史料や卒業生の思い出をくすぐる物が数多く展示されているほか、宣教師たちが教材づくりで使った道具や札幌の古いまちの様子がわかる地図、宣教師たちのメモが記されている写真など、学園だけでなく札幌の歴史がわかる貴重な資料も収められています。アルバムや英語の教科書などは当時の記憶をよみがえらせる引き金になるようで、いくつになっても卒業生が「女学生」に戻る場所にもなっているのだとか。


2階の展示室には北星学園ゆかりの品々や、歴史を伝える写真、パネルなどを展示▲2階の展示室には北星学園ゆかりの品々や、歴史を伝える写真、パネルなどを展示


外出用ワッペン。卒業生には外出先でのドキドキわくわくした思い出がよみがえってくるのでは▲外出用ワッペン。卒業生には外出先でのドキドキわくわくした思い出がよみがえってくるのでは


めずらしい横長の賛美歌集と英語の教科書。赤ずきんちゃんの挿絵もかわいい!▲めずらしい横長の賛美歌集と英語の教科書。赤ずきんちゃんの挿絵もかわいい!


外国人宣教師が英語の教材づくりに使っていたスタンプ。まだ外国語に親しみがなかった時代に英語を教える苦労と工夫、そして先生たちの教育への熱意が伝わります▲外国人宣教師が英語の教材づくりに使っていたスタンプ。まだ外国語に親しみがなかった時代に英語を教える苦労と工夫、そして先生たちの教育への熱意が伝わります


米国に帰国した創立者に宛てて学生が書いた手紙。日々の様子や勉学に励む決意をあらわした内容の中に、日本にいる学生が無事に過ごしていることを伝えています▲米国に帰国した創立者に宛てて学生が書いた手紙。日々の様子や勉学に励む決意をあらわした内容の中に、日本にいる学生が無事に過ごしていることを伝えています


1891(明治24)年の札幌のまちなかを描いた鳥瞰図。通りには馬車の姿も▲1891(明治24)年の札幌のまちなかを描いた鳥瞰図。通りには馬車の姿も


この建物を実際に設計したのは、スイス人建築家で「北海道の近代建築の開拓者」といわれるマックス・ヒンデルですが、ヒンデルが来札する前に北見のピアソン邸を手掛けたW.Mヴォーリズの設計案も残されています。両者の図面や資料も多数展示されているので、百周年記念館は建築好きな人にもぜひ訪れてほしい場所です。


下の列真ん中の蝶ネクタイを付けた紳士がマックス・ヒンデル氏。藤学園のキノルド館や北大所有の3件のヒュッテ、函館のトラピスチヌ修道院などを設計しています。寒冷地での暮らしを意識した工夫と北の大地の風景によくなじむ大らかな作風は、北海道の建築に大きな影響を与えました▲下の列真ん中の蝶ネクタイを付けた紳士がマックス・ヒンデル氏。藤学園のキノルド館や北大所有の3件のヒュッテ、函館のトラピスチヌ修道院などを設計しています。寒冷地での暮らしを意識した工夫と北の大地の風景によくなじむ大らかな作風は、北海道の建築に大きな影響を与えました


管理人室に展示されている南5条校舎の設計図。図面右上には「ヒンデル建築事務所」の印字も▲管理人室に展示されている南5条校舎の設計図。図面右上には「ヒンデル建築事務所」の印字も


外壁に貼られたトタン板や引き違いの2重窓は防寒の目的で採用されました。窓の上部に付いた差し掛け屋根にも積雪を意識した細かい配慮がなされています▲外壁に貼られたトタン板や引き違いの2重窓は防寒の目的で採用されました。窓の上部に付いた差し掛け屋根にも積雪を意識した細かい配慮がなされています


太平洋戦争が始まる1941(昭和16)年の夏、宣教師たちが米国へ帰国する直前に撮影された記念写真。後ろに写っているのは1963(昭和38)年に焼失してしまったヒンデル設計の南5条校舎▲太平洋戦争が始まる1941(昭和16)年の夏、宣教師たちが米国へ帰国する直前に撮影された記念写真。後ろに写っているのは1963(昭和38)年に焼失してしまったヒンデル設計の南5条校舎


北海道の女子教育に熱意をもって取り組んだ女性宣教師たちの温もりと、学園の記憶を遺す百周年記念館。楽しい時代も苦しい時代も、宣教師からキリスト教の精神を学び明るく生きた女学生たちの日常を伝える展示から、札幌が歩んできた歴史の移ろいを感じてみては。


初夏にはライラック、夏にはバラが見ごろを迎える百周年記念館。女子校構内に入るのは少し勇気が必要ですが、ドアの向こうで迎えてくれる管理人さんの丁寧な案内はとてもためになります。冬期間(11月~3月)は休館してしまうので、見学はお早めに!▲初夏にはライラック、夏にはバラが見ごろを迎える百周年記念館。女子校構内に入るのは少し勇気が必要ですが、ドアの向こうで迎えてくれる管理人さんの丁寧な案内はとてもためになります。冬期間(11月~3月)は休館してしまうので、見学はお早めに!

 

関連リンク

北星学園創立百周年記念館
北星学園創立百周年記念館(札幌市)

 

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