情熱の仕事人。命が輝き続ける未来のために。旭山動物園園長「坂東 元」



動物たちの生き生きとした姿が見られる、北海道の旭川市旭山動物園。「命の輝き」を伝え続ける動物園は、動物とそのふるさとをつなげる活動にも取り組んでいます。園長の坂東元さんを訪ねてきました。

 

「動物と来園者の架け橋に」を原点に

翼を上下させてゆうゆうと泳ぐペンギン、水底を跳ねるように歩くカバ、高所で腕を伸ばしてロープを伝っていくオランウータン…。下から上から、間近に見る動物たちの動きや姿に驚いたり感心したり。思わず、おおっ!と声が出てしまいます。

旭山動物園の飼育展示施設には、その動物本来の姿を見てもらおうという様々な工夫が凝らされています。どんなふうにエサを食べるか観察できる「もぐもぐタイム」、飼育展示スタッフのみなさんの声が聞こえてくるような手書きの解説看板などにも、旭山らしさがあふれています。

全国的な人気を集める旭山動物園。かつて存続の危機に立たされ、来園者からは「つまらない」といわれた時代がありました。
「僕らが預かっているのは“命”です。動物園があったことで、命につまらないというレッテルをつけたまま終わらせていいのか。それはあってはいけないんじゃないかと」。坂東さんは、当時の思いをそう教えてくれました。





動物園という限られた環境のなかで、それぞれの動物が最も自分らしく過ごせるのはどんな空間だろうか。どうすれば動物たちの魅力を伝えられるだろうか。「伝えるのは命の輝き」に向かってアイデアを出し合い、できることを探り、知恵を絞った取り組みを積み重ねてきました。

「飼育の現場で動物と接している僕たちは、ずっと彼らのことを素晴らしい!凄い!と思ってやってきています。自分たちが素晴らしいと感じている動物たちとお客さんをつなごうというのが原点です」。

園内で唯一、動物と直接ふれあえる場に「こども牧場」があります。1997年に開設したこの施設が、再生への第一歩となりました。





旭山動物園は教育活動にも熱心に取り組み、小学校へこども牧場のウサギやモルモットを連れての出張授業や、動物の貸し出しなどもしています。貸し出しは、こども牧場で動物とふれあうことからはじまり、自分たちで飼ってみたいというきっかけをつくり、学校での飼育について子供たちが勉強したうえで実施。数週間後、返却時に行われるお別れ会では、「もっといてほしい」と泣きだす子もいるそうです。

「さわって『あったかい』から伝わることがたくさんあるんですよ」。子供たちが命を感じることを通じて、相手の気持ちを考えたり感じ取ったりできるアンテナを少しでも増やしてほしいというのが願いのひとつです。

 

オランウータンのふるさと、ボルネオ島へ。訪れて知った島の魅力と実態

坂東さんは、マレーシア・ボルネオ島において、人と動物の共生を目指す活動を行っている、ボルネオ保全トラスト・ジャパンの理事も務めています。「動物園はたくさんの人に動物を見てもらうだけでいいのか」。現地で活動を進める方から向けられた言葉が、活動に加わるきっかけでした。
その頃、旭山動物園には年間300万人が来園。坂東さん自身、「これが成功なんだろうか」と、疑問を感じていた時期でもありました。

2007年、飼育しているオランウータンのふるさと、ボルネオ島へ渡りました。
「ボルネオって、地球の命の源のような気がするんです」。様々な野生動物が生きる熱帯雨林。自然の懐はあまりに深く、坂東さんは「自分がそこに溶け込んで消えていくような感覚」を覚えたそうです。





そのボルネオ島では、熱帯雨林を切り開いてアブラヤシ農園が拡大。野生動物の生活の場が減り続け、オランウータンやこの島にしかいないボルネオゾウが絶滅の危機にあるのだといいます。
「アブラヤシから採れるのはパーム油。世界中に輸出されています。日本でも加工食品、赤ちゃんの粉ミルク、化粧品などいろいろなものに使われていて、僕たちは1年間で1人、畑10平方メートル分のパーム油を使っているんです」。





現地では住める場所の少なくなったゾウが迷い込み、農園を荒らす事態が起こっているそうです。「零細の農家さんなら生活が破綻してしまいます。畑に出てきたゾウを救出してジャングルに戻すことも、ギリギリの状況のなかでやっていて。ここからどれだけのものをもらって、僕たちの日常の豊かさが成り立っているのか。すごく考えさせられました」。

 

飼育動物とそのふるさとの架け橋を目指して

動物たちそれぞれのふるさとにつながることを、何かできないだろうか。
「動物園でオランウータンを見て、『楽しかった』『優しい気持ちになれた』。その気持ちを形にして届けたい」。この思いからスタートし、多くの人たちが寄付や支援に関わり、企業からも協力を得て旭山動物園で取り組んでいるのが、ボルネオへの「恩返しプロジェクト」です。

「このままでは、野生で命がつながれず、動物園で残りましたという未来しか見えないんです。僕らが目指しているのは、決してそこではなくて」。

プロジェクトの一環として、これまでに2台、旭川で製作したゾウの救助・移動用の檻を届けました。実質的な道具が贈られるのは初めてのことで、地元の人たちは驚いていたそうです。





現地では、ゾウを保護し一時収容する野生生物レスキューセンターの設立が急がれていました。旭山動物園は蓄積してきたノウハウを生かし、施設の設計・建設を中心となって進めてきました。施設は昨年完成し、現地のサバ州野生生物局へ引き渡されています。





ボルネオの現状は教育活動のなかでも伝え、旭川ではプロジェクトにずっと関わっている子供たちもたくさんいるそうです。「知って、関心を持ち続けることが大事なんです」。
ボルネオの取り組みは第1段。北海道のプロジェクトにも、坂東さんは思案をめぐらせています。

 

動物園は自然とつながるための玄関口

動物園とは?坂東さんに聞いてみました。

「いろんな生き物と生きる未来は、みんなが暮らしの中でふと何か感じなければ守れないと僕は思っているんです。例えば、エゾシカのツノが毎年落ちることさえ知らない人がたくさんいます。自然がどんどん外の世界になっていって、そこで自然を大切にしましょうといっても、知らなければ守れない。外の世界のことを知ってもらう玄関口として、動物園は必要だと思うんですね。だからこそ旭山は、少なくとも彼らの暮らし方、能力や感性をふと感じてもらえる、何を大切にしなければいけないかに気づいてもらえる動物園でありたいんです」。

動物たちの素晴らしさをひとつでも感じてほしいと取り組み続け、共感が広がり、多くの人が来園するようになりました。
「僕らが気づけることはまだまだあるはずなので、大きな視点から動物園ができることを見つけていきたい。旭山だから、みなさんの気持ちを集められる可能性があると思っています」。





獣医として旭山動物園に勤務して29年。坂東さんは、人とは全く違う命に対する価値観をもつ、野生動物の生き方に尊さを思うのだといいます。
そんな動物たちは、変わらず凄い!と感じさせてくれる存在です。「例えばカバもそうなんですが、関わってみてはじめてわかる感性をもっていて。僕は人間なので、彼らの感性を感じるのが本当に楽しいんですよ。こんな仕事があっていいのかと思いますね」。表情をくずしてそう話してくれました。

坂東さんは、旭山動物園の元気の原動力となった、従来にはない飼育展示施設を次々に手がけてきています。そのことをてらうことはなく、インタビューを通じてふれた、坂東さんの動物たちを思う気持ち、数々の言葉が胸に響きました。

この仕事に関わったからこそ、知ったこと感じ得たことを伝えていきたい。「動物園が何か少しでも、未来を変えられる場であれたら」。深く熱い思いとともに、坂東さんの挑戦は続きます。