アイヌ民族の伝説を探る~平取町の沙流川沿いの文化的景観



日高地方の平取(びらとり)町の沙流(さる)川流域で、アイヌ民族の伝説や言い伝えがある、文化的な景観を巡ってみました。一見何も特徴のなさそうな岩や山に潜む物語。ちょっとディープな旅へ、皆さんをご案内~♪

 

アイヌ文化に義経伝説!?

唐突ですが、アイヌ民族の話ではなく、源義経のお話から。
源義経は、平安時代末期の武将で、奥州平泉で自害をして世を去ったとされています。実はここでは死んでおらず、ひそかに蝦夷地(現北海道)へ渡り、最終的には大陸へ渡ったという伝説があります。
伝説の中で、蝦夷地では日高ピラトリ(現在の平取町)のアイヌ集落にたどりついたとされているため、平取町周辺には、源義経にまつわる場所がいくつもあります。その代表的な場所が、義経神社です。



 

創建は江戸時代。北方調査をしていた近藤重蔵が、源義経の御神像を寄進し、安置されたのがはじまりです。アイヌ民族に崇拝されていた「オキクルミ」という神を源義経に見立て、アイヌ民族に御神像を祀らせたとも言われています。
義経神社の近くには、「ハヨピラ」という神の聖地があります。



 

源義経がこの地を去る時、甲冑や弓矢など武具を祀って祈祷したと言われ、ハヨク(武具)、ピラ(崖)が「ハヨピラ」の語源という説があります。
 
 

アイヌ民族が崇拝した神、「オキクルミ」の伝説が残る景観

昔、「オキクルミ」という神が、3頭の熊を弓矢で射ようとしたところなかなか捕えられず、「神の矢から逃れる気か!」と怒り、熊をそのまま岩に変えてしまった、という伝説があります。その岩は、「ウエカロシキ」と呼ばれています。それがコチラ。



 

皆さん、親子の熊に見えますか? さて…???
場所は、沙流川にある二風谷ダム付近。国道からはダムの対岸にあります。周囲はヒグマの生息域なので、岩ではなく本物が現れたら大変、訪れる時はご用心を。



 

沙流川をさらに上流へ進み、支流の額平(ぬかびら)川沿いに入ると、神様の家があります。「オキクルミ(神)」の「チャシ(居城)」です。それがこちら。



 

かつてこの地は聖地として崇められ、人が近づいてはいけなかったと言われています。以前近隣の住民がこの付近を通る時は、帽子やかぶり物は外し、遠慮しながら通行していたそうです。
今では麓に田畑がありますが、ここまで行くには、ちょっと道に迷うかも。神様に近づくな、って言われているのでしょうかね…。

 

夏至の日に起きる奇跡の光景、これって伝説!?ミステリー!?

「オキクルミ」が木の弓にヨモギの矢をつがえて放ち、射抜いた穴という伝説がある、岩のくぼみがあります。「オプシヌプリ」といいます。現在はU字型のくぼみですが、明治時代に水害で崩れる前までは本当の穴だったそうです。



 

実はここ、夏至の日の前後にミステリーが起きるのです!これは伝説ではなく、ホントの話。
夏至の日の前後10日間位の間、日没時、太陽がちょうどこの穴にすっぽり入るように沈むのです。夏至の頃の日没近くになると、町内外から多くの人が見物に訪れるそうです。
 
今回この地を訪問したのは、2015年6月16日。夏至直前なので、もしや穴に沈む太陽が見られるかも!?と思い、日没時間まで粘ってみました。



 

日没近くになると雲が出てきてしまい、沈む太陽を拝むことはできませんでした…。そこで、平取町観光協会より、穴に沈む太陽の写真を借りました。



 

アイヌ民族の伝説の穴、なぜここに太陽がピッタリ沈むの?なぜ夏至の日なの?と考えると、どんどん謎が深まるばかり。伝説のミステリースポットです。
 
 
平取町内には、まだまだたくさん、アイヌ民族の伝説が残る文化的景観があります。これ以上進めていくと、より深く専門的な領域になりそうなので、紹介はこの位で。
 
アイヌ民族の文化や伝承へ手軽に触れるのであれば、平取町内の二風谷地区にある、「平取町立アイヌ文化博物館」がオススメ。文化的景観巡りの予習や復習にもピッタリ!






 

平取町内にある、アイヌ民族の伝説が残る文化的景観巡り。いかがでしたか?何気ない自然景観に潜む、歴史と伝説を想像しながら巡るのもいいものですよ。