情熱の仕事人。「食」と「街」をつないで函館を発信。レストラン バスク「深谷宏治」



函館にある老舗スペイン料理店「レストラン バスク」のオーナーシェフ、深谷宏治さん。バスク料理の日本における第一人者であり、函館の春と秋に恒例となった「バル街」の発案者。地域に根を張って料理を作り、活動をする、深谷シェフにご登場願いました。
 
 

40年前に単身渡欧。“イカ料理”でつながった縁

大学を卒業後、将来を模索する中で料理人という仕事を選択。「やるからには自分の納得のいく仕事を」と決意し、幼い頃から食べ親しんだ洋食の道に進みました。
東京での修行時代、厨房で目にした調理は「おいしいものを作ろうとしているのだろうか」と、疑問に感じるものでした。湧き上がる「本物を知りたい」という思い。今から40年前、1975年に深谷さんは単身ヨーロッパへ渡りました。



 

降り立ったのはパリ。仕事を求めて辿り着いた先は、フランスとスペインをまたぐ、バスク地方と呼ばれる地域でした。サン・セバスチャンという小さな街で、深谷さんがいま「私のシェフ」と呼ぶ、現代スペイン料理界を代表するシェフのひとり、ルイス・イリサール氏と出会います。宿泊したホテルのマダムとの会話が、そのきっかけでした。
 
「サン・セバスチャンのスペシャリティーに、小イカの墨煮という料理があると彼女が教えてくれました。僕の故郷の函館という街にも、イカの内臓を使った塩辛という料理があると話すと、食べてみたいというんです。翌朝市場にイカを買いに行きました。残念ながらヤリイカのゴロ(肝臓)が小さくて塩辛にできなかったのですが、本当に作ろうとしたことにすごく喜んでくれまして。
『この街にいまスペインで3本の指に入るルイスというコックがいる。働く場所を探しているならそこへ行きなさい』と。彼女が私の保証人になってくれました」。
深谷さんは師のもとで約3年、修行を積みました。
 
 

バスク地方、サン・セバスチャンで得た学び。函館で「本物」を

バスク地方には、独自の言語、文化・伝統を持ち、食に対して貪欲というバスク人が暮らしています。サン・セバスチャンは海と大地からの食材に恵まれ、加えていいものを作ろうとする料理人たちの努力があって、現在は世界に認められる美食の街になっています。
 
深谷さんが修行時に学んだ柱は大きく2つあるといいます。当時厨房には、生きたウサギや鴨などが持ち込まれたそうです。
「厨房でさばいて、血も内臓も皮も大切に扱い、無駄なく調理をする。いただいた命から、お客さまに食べてもらう一皿にまで仕上げる。これこそ本当の料理だと思いました。太陽の恵みで、あらゆる生物が育ちます。その自然の循環の中に人間もいるわけです。太陽のエネルギーを無駄にしないようにしながら、料理人はどうおいしいものを作っていくか。私の料理に対する基本になっています」。



 

学んだもうひとつは、料理人としての在り方でした。
「ルイスはよく、『料理を目当てにマドリードからこの街に人を来させるようにする』といっていました。『この太陽と古い建物、おいしい料理があれば人は来る。バスク人のコックみんなで技術をレベルアップさせて、もっとすごい街にするんだ』と」。
地元の食材や自分たちの料理に誇りを持ち、食で街を変えていく。料理を作るだけではなく、料理人として何ができるか。そうした料理人たちの気迫や姿勢が、深谷さんの中に刻まれました。



 

バスク地方はスペイン北部、ビスケ湾に面してあります。内陸部で塩鱈を多く使うのに対して、鮮魚を調理してソースとともに食べるのがバスク料理の特徴だそうです。また、料理には生クリームやバターをほとんど使わず、オリーブ油、ニンニク、赤ピーマン、玉ネギ、パセリなどを多用するのだといいます。
 
渡島半島にある函館は、イワシ、タラ、イカをはじめ、バスクと共通する魚介が多く揚がる土地。また、四季を通じて様々な食材が揃います。
函館に帰った深谷さんは、「レストラン バスク」を開業します。毎朝市場から仕入れてくる魚介、近郊の肉類や乳製品、お店の裏の畑で育てる野菜などを材料に、スペイン料理、バスク料理、それらをベースに創造する料理を提供。生ハムやアンチョビなども手作りしています。



 

「帰国するとき、ルイスからこういわれました。『日本でスペイン料理といわれているものは、どうも違うようだ。おまえはまともな料理、ちゃんとしたレストランをやってくれ』と。私はお店を始めたときから、テーブルにクロスを掛け、ナイフとフォークを並べました。それは当たり前のスペインです」。
 
スペイン人が訪れたとき、納得してもらえるレストランでありたい。そのことを深谷さんはひとつの目標にしてきました。自身のお店を開いて30余年。この間も毎年のようにバスクへ足を運んでいるそうです。



 
 

スペインの文化・伝統を函館のスタイルで

2004年、深谷さんの呼びかけで、「スペイン料理フォーラム in HAKODATE」が開かれました。会議だけではなく、スペインの食文化である「バル」の楽しさを知ってもらいたいと発案し、歴史的建造物が点在する旧市街地の西部地区で「バル街」を実施。以降、「函館西部地区バル街」として年2回、春と秋に開催しています。
 
バル街は、街を歩いて参加店の中から好きなお店をめぐり、チケットを使ってドリンクとピンチョーを楽しむという仕組み。有志で組織する実行委員会が運営し、公的な助成金を受けずに継続しています。現在では函館のバル街をモデルに、全国各地でバルイベントが行われています。



 

深谷さんはバル街の取り組みについて、「まち興しではなく、まずは函館の人たちに西部地区の良さに気づいてもらったり、見直してもらったりしてもらえればという目的で始めました」と話します。早くから外に開かれた港町の佇まい、函館独自の古い和洋折衷住宅などが残る街並みが、バル街の大きな魅力となっています。
2015年秋の「函館西部地区バル街」は、9月4日(金)に開催されます(チケット情報等は公式サイト参照)。
 
サン・セバスチャンで始まった「最高美食会議」をヒントに、2009年から、国内外の気鋭の料理人が集まる「世界料理学会 in HAKODATE」も開催。同学会も深谷さんが先導役となり、料理人が中心となって企画・運営しています。
「訪れてくれるシェフのみなさんは、交流できることを面白がってくれています。料理人のための学会ですが、食に関わる多くのプロの方々が参加してくれる場になってきています」。



 

バスク地方の伝統に、男性だけの会員制美食倶楽部「ソシエダ」が存在します。函館にも「はこだてソシエダ」が発足しました。西部地区の街並みや景観を大切に思う有志で、明治時代の建物を改修。ソシエダ会員が料理を持ち寄ったり、作った料理を振舞ったり、食事などを楽しむコミュニティースペースとしました。



 

「古い建物にいかに付加価値をつけて維持していくか。そのひとつの取り組みとして、ソシエダを立ち上げました。この街並みは市民の財産です。古い建物を自分たちで動かして、次の世代に受け渡していくようなことができればと思っています。
ルイスの言葉を函館に置き換えるならば、この海と古い建物、おいしいものがあれば人は来る。私は仲間のみんなの中の1人です。そのなかで食に携わっているので、食でほかの街にはない楽しさをつくっていければと考えています」。
 
街をもっと良くしたいという情熱、思いと力を束ねて、深谷さんは愛する函館の魅力を広く伝え続けていきます。



 
 

関連リンク

函館西部地区バル街公式サイト

 

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