大地を創る人。夢は畑でレストラン。料理人からトマト農家へ。奥山一俊さん

 
 
自分でつくった野菜で料理をしたい――。そんな思いを胸に料理人を辞め、トマト農家を継ぎにUターンした、おくやま農園の奥山一俊さん。夢は、ファームレストランをひらくこと。札幌と旭川の真ん中に位置する砂川(すながわ)市で、旨みの強いトマトづくりに励みつつ、しあわせな未来図を描いています。
 
 

自信作はコクが感じられるミディトマト

農家の仕事のひとつに、新品種の試験栽培があります。30数棟のビニールハウスで7~8品種のトマトを作っている奥山一俊さんも、地域の農家と協力して挑戦しています。去年、試してモノになりそうだと感じたのは、「試験番号でいうと075番。うちの畑に合っていて、6月下旬から11月上旬まで、粘り強く実をつけるトマトです」。
畑は水はけがよく、「少し多め」の水加減がベスト。それでもトマトに水分が残りづらいため、しっかりとコクのあるトマトが育つといいます。自信作は、濃厚な風味が楽しめるミディトマト。また、去年は黄色いトマト「桃太郎ゴールド」の栽培法を少し改良したところ、直売所での評判がよく、「おいしかったからまた買いに来た」というお客さんが何人もいてうれしかったと語ります。
 
 
 
 

自分のつくった野菜で料理を。料理人から農家へ

 
 
トマトの栽培をはじめて今年(2015年)で9年。今でこそ、すべての作業を父から引き継いでいますが、料理人を辞めて戻ってきた当初は、「水のやり方すらわかりませんでした」。最も苦労したのは、ハウスの温度管理。日射しの量に合わせて、窓をあけたり暖房を入れたりするタイミングが読めず、いちいち父に判断を仰いでいたといいます。
「タイマーの時間設定を間違って」、ひと晩中、トマトに水をやり続けてしまったこともありました。「朝起きたら、苗がひょろひょろになっていて…。がむしゃらに頑張って、なんとか商品になりましたが、あの時は焦りましたね」。そんな小さな失敗は数知れず。1つひとつ次に生かすことで、スキルを積んでいきました。
 
 
 
 
高校時代は農家を継ぐ気はまったくなく、大阪の調理専門学校へ進学。卒業後は、24歳でUターンするまで、北海道のホテルやイタリアンレストランで働きました。その間いつも考えていたのは、「自分のつくった野菜で料理をつくりたい」ということ。「畑でレストランができないかと夢が膨らみ」、帰郷を決意。「いずれ、体験型レストランをやりたいですね。お客さんが自分でとったトマトや野菜で、窯焼きピッツァをつくってあげたらどうかなと思っているんです」。
農閑期になると料理の腕を磨き、昨年のクリスマスには奥さんや子ども、両親にフルコースをプレゼント。また、昨年行われた地域のイベントでは、実際にピッツァをつくって販売。トマトソースは、「土づくりから手がけた自分の家のトマトでつくって」使用。米粉の生地も野菜もチーズも、地域産のものを使いました。
「地産地消に取り組みたい」。エリアの農家や企業、JCなどと連携して地域性の高いものを生み出し、ひいては北海道の農業の活性化に繫げていきたいと願っています。
 
 

農業は気候との戦いであり、季節を楽しむもの

 
 
そんな奥山さんが感じる農業の面白さは、「正解がないところ」。同品種のトマトでも、その年の気候によって追肥の量が増減したり、与える時期がずれたり。「自分が帰郷し、父に教えてもらった当時とは、変わっていることがたくさんあります」。また、お客さんからの声を参考に、水のやり方や量を調整して味を変化させるなど、「自分のさじ加減で」挑戦ができるのも醍醐味です。
「農業は気候との戦い」だけど、「季節を楽しむもの」とも。冬は寒く夏は暑い、この土地ならではの気候に寄り添い、季節に合った作物をつくっていくことに喜びがあると笑顔を見せます。
一緒にトマトの試験栽培に取り組む「瞳会」ではリーダーを担当するほか、過去にはJAの青年部長を務めるなど、リーダーシップのある奥山さん。地域を巻き込んだ、新しい農業のスタイルを見せてくれそうです。
 
 
 
 

「大地を創る人」とは

さまざまなおいしい食を生み出す北海道を「大地」と表現。農業や漁業、酪農業を通し、「新しい北海道を創りたい」「北海道を支えたい」「未来の北海道をデザインしたい」。そんな思いを胸に抱く北海道の生産者を、「大地を創る人」としてご紹介します。