大地を創る人。夢を掲げていつも先を行く、特別栽培を手がける余湖智さん

 
 
札幌市のベッドタウン恵庭(えにわ)市で、特別栽培農産物をつくっている余湖(よご)農園。まだそんな単語もなかった時代から〝6次産業〟化に取り組み、北海道の農業人にも影響を与えています。そんな現状を「まだ夢の半分」と語るのは、取締役の余湖智(さとる)さん。20代の頃にアメリカで見た農業を理想に掲げ、チャレンジを続けています。
 
 

60種もの特別栽培農産物をつくっています

「つい先日まで、イタリアに行っていたんですよ」。取材に伺った3月某日、余湖智(よごさとる)さんは、海外への農業の視察から帰ってきたばかりでした。
「有機栽培(※)の観点から、いろいろ見てきたんです。北海道の有機、特別栽培野菜は、まだ、特別なもの、少し高価なものという印象ですが、イタリアでは、食文化や伝統に自然に入り込んでいましたね」。
そう語る余湖さんは、父から受け継いだ畑で、昭和の終わりから有機栽培に取り組んだ先駆者。消費者の声に応えて宅配からスタートしたといい、大手量販店にもおろしています。7~8年前からは特別栽培(※)へと移行。55ヘクタールと広大な畑に自家製堆肥をすき込み、地力豊かな土壌で葉野菜、根野菜、果菜と60種前後の作物をつくっています。
 
※有機栽培…使用が禁止された化学肥料や化学合成農薬を3年以上使っていない畑で、禁止資材を使わずに生産すること。商品には、有機JASマークがついている。
 
※特別栽培…化学肥料や化学合成農薬を、慣行農法の半分以下に減らして栽培すること。
 
 
 
 
実践している農家の数、消費者の食に対する意識などを考えれば、有機、特別栽培野菜を日本国民の生活に馴染ませるのはまだ難しいかもしれません。
それでもイタリアで学んだことはとても参考になったと余湖さん。作物の知識を、講義やゲームを通して消費者に伝えるなど、日本の農業の発展のために実践したいアイデアがたくさん浮かんだといいます。
 
 

消費者に感動の提供を

そんな余湖農園には直売所があります。その日に獲れた野菜はもちろん、農園産の作物を使ったトマトジュースやにんじんジュース、小麦粉やそば粉、ジャムやゼリーといった加工品を販売。
 

 

 
 
こうした自社製品に取り組みはじめたのは、まだ〝6次産業〟という言葉が生まれる前からでした。
 

 
 
「会社が大きくなってきたタイミングで、ずっとやりたかった農商工連携に挑戦することにしたんです。自社でつくるのでなく、その道のプロに頼むことで、より、消費者に支持される商品がつくれるとも思いました」。
自社商品以外にも、加工原料として野菜を卸すこともしています。例えば名古屋にはトマトを毎年大量に送っています。こちらはホールトマトとなり、現地では給食にも使われているそうです。
 
また、収穫やそば打ち、バーベキューなど、さまざまな体験アクティビティも行っています。
 

 
 
「感動を提供したくて」と余湖さん。むせかえるような土の匂いや、そこで育まれた野菜のおいしさに触れられる貴重な機会です。収穫して、つくって、食べて…と〝フルコース〟で体験するお客さんが多いといいます。
 
 

まだ夢の半分です

 
 
従業員は季節によって15名~60名ほど。これまでに35名以上がここから独立し、優秀な新規就農者として道から表彰されるなどしています。昨今の農家ではしばしば問題になる後継者についても解決済み。余湖さんは早いうちから、跡継ぎは家族以外の人間でと考えていたといい、次期社長は50代の男性スタッフと決まっています。
「娘や息子が進路を決めるころ、会社はちょうど苦しい時代でした。私自身は、自分の哲学と信念を持ってやっていたのでそれでいいのですが、子どもの夢や才能はさまざま。無理に継がせず、自由にさせたかったんです」。
 

 
 
そんな余湖さんの農業人としての原点にあるのは、20代の頃にアメリカで見た農業だといいます。
「アメリカの農業は日本と30年の差がありました。農業人はみな儲かっていて、きれいな街のきれいな家に住んでいた。いずれここも、そんな風にしようと思いましたよ」。
現在、その夢がどのくらい叶っているのかを訊ねると、「まだ半分ですね」。大きな理想を胸に、その道をまっすぐに進む余湖さん。まだまだチャレンジは続きます。
 


 

「大地を創る人」とは

さまざまなおいしい食を生み出す北海道を「大地」と表現。農業や漁業、酪農業を通し、「新しい北海道を創りたい」「北海道を支えたい」「未来の北海道をデザインしたい」。そんな思いを胸に抱く北海道の生産者を、「大地を創る人」としてご紹介します。
 
 

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