お正月に食べる「口取り菓子」は、北海道だけ!?

 
 
お正月、おせちやごちそうの後に、気づくと食卓に出てくるあのお菓子。鯛や松竹梅など縁起物をかたどった、練りきりの甘い和菓子「口取り菓子」をご存知でしょうか?お正月には全国どこにでも、口取り菓子があるものだと思っていましたが…なんと、これは北海道だけ!?
 
 

口取り菓子の由来は?

「口取り」とは、本来おせち料理の祝い肴や、本膳料理(正式な日本料理)の献立のひとつで羊羹や寒天などの甘味類を表すものです。それが、なぜか北海道では、お正月に出てくる練りきり菓子のことを指すようになりました。
北海道は、日本各地から移住してきた人たちが開拓した土地です。それぞれの地域の文化、風習がそのまま継承されていたり、あるいは簡略化されていたり、中にはミックスされていたりと、伝統やしがらみにこだわらない北海道独特の文化をこれまで形成してきました。
その北海道で、どうして口取り菓子は生まれたのか?と思い、北海道の食に関する本や資料を調べ、博物館や老舗和菓子屋などに取材をしましたが、結論は「発祥の所以や歴史はわからない。でも、昔からお正月に口取り菓子はあった」ということ。
 
 
 
 
「松前藩と松前~松前町史研究紀要」(発行/松前町史編集室、昭和52年発行)には、昭和21年に小樽市在住の刀禰武夫さんが語った「松前菓子雑話」として「松前でいう口取りとは江戸でいうものとは異なる。江戸ではお茶菓子だが、松前の口取りとは盛り合わせ料理で、必ず半月蒲鉾形の鯨餅を加え、きんとん、流し物、寄せ物等と菓子を盛り合わせにしたものである(要約)」とあります。
創業明治3年の江差町の老舗「五勝手屋本舗」にも尋ねましたが、資料などは残っておらず、「相当昔からつくっていましたよ」とのことでした。
 
 

あくまでも仮説ですが、口取り菓子は代用品だったのかも

「松前藩と松前~松前町史研究紀要」を教えてくださった小樽市総合博物館の方々が、あくまでも仮説ですが…という前提で話してくれたのが、「本来は、本物の素材でつくるべきものですが、昔の北海道にはそのような材料がなかったので、代用品としてつくったものかもしれません。古くから開けていた函館や小樽には、道外からもち米や小豆、砂糖などが集まったので、そこから生まれたのかもしれませんね」とのこと。
 
 
 
 
「ほっかいどうお菓子グラフィティー」(発行/亜璃西社)の著者で、まち文化研究所の塚田敏信さんにも話をうかがいました。
「口取りは、本膳料理などで最初に出す熨斗あわびや昆布などの肴のことで、口取り肴と言われたりします。そして口取菓子の文字は江戸時代の資料にもあり、器に盛って添える果物や菓子のことを言いました。北海道や青森などで年末になると店頭に並ぶ口取り菓子は、その流れかもしれません。函館では大晦日に口取り菓子を重箱に入れ神棚に飾ってから食べる習慣が続いていますし、青森にも餅粉で作った雲平(うんぺい)の口取りがあって年越しの二の膳用にしてきました。どちらも昭和20年代にはありましたし、戦前からあったのではないかといいます。他の土地にも北海道とは内容が異なりますが、口取り菓子にあたるような餅菓子などを食べる習俗はあります」。
 
 

北海道独特の食文化として、これからも

由来やルーツははっきりしませんでしたが、北海道のお正月に欠かせないお菓子であることは間違いありません。子供の頃からお正月には口取り菓子があって当たり前で、日本全国どこでもあるものだと、ずっと思っていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
我が家では、大晦日からお仏壇にあがっていて、年が明けたらそれを下ろします。おせちの合間の口直しとして食べることが多いです。
北海道独特の食文化ですが、これから北海道人として大切に継承していきたいと思いました。
 
 

取材協力

小樽市総合博物館
六花文庫
五勝手屋本舗
・まち文化研究所 塚田敏信さん
生活協同組合コープさっぽろ
※写真の口取り菓子は、すべてコープさっぽろ提供
 

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