2014年10月30日 | すすきのあき子

開拓を担った“功労者”を知る。「月形樺戸博物館」

月形町の月形樺戸博物館となっている旧樺戸集治監本庁舎の外観
 
 
札幌市の北東50kmにある月形町の月形樺戸(かばと)博物館のテーマは監獄。北海道では網走監獄が有名ですが、樺戸集治監(しゅうちかん)の分監が網走で、道内で初の監獄です!月形樺戸博物館を野本和宏学芸員と巡りました。
 
 

樺戸集治監から始まる月形の歴史

今回は札幌駅からローカル線で訪れました。札幌駅からJRで北東方向に50km弱、桑園駅と新十津川駅を結ぶ札沼(さっしょう)線(学園都市線)、石狩川右岸を走る列車に乗って、石狩月形駅で下車。駅前の信号を右折して250m歩くと目的地の旧樺戸集治監本庁舎の木造建築が見えてきます。
 
 
1両編成の列車とJR札沼線(学園都市線)の石狩月形駅、近くに広がる田園
▲1両編成の列車でのんびり月形へ
 
 
月形町役場の塀にある月形の歴史を石のモザイクで表現した絵
▲囚人達は石狩川を外輪の蒸気船で護送されました。役場の塀には町の歴史を石のモザイクで表現した絵が8点
 
 
1886(明治19)年に建てられた月形町指定の文化財、旧樺戸集治監本庁舎で出迎えてくださったのは町役場に勤める野本和宏さん。月形町の歴史文化資源である博物館が、多くの人達に知られるように務めています。
「月形というまちを正しく理解するために、ちょっとお付き合いを」。使い込まれた囚人の日用品など本物を展示した空間で、野本さんのお話を聞きました。
 
 
町役場に務め、商工観光の仕事を広く担当する野本和宏さん
▲商工観光の仕事を広く担当し学芸員資格をもつ野本和宏さん
 
 
「道内の市町村と月形のなりたちは、大きく異なっています。北海道の開拓は一様ではなく監獄開拓や、政府が募った移民や士族が中心となった屯田兵、そして結社による移民などがあります。維新によって士族の多くが失業し、剣術と学問に秀でた各地の士族が明治期に多く就いた職業、それが看守でした。開村間もない頃の月形には、旧士族が多くいたのです。集治監が形成されるにつれ、囚人の衣服や土木資材などの物資を納める商売が生まれ、各地から御用商人が集まり、ある者は定住しました。ですから月形では何県人が多いといった特徴はなく、各地の士族が月形に集まったという点に特徴があります」(野本さん談)。
なるほど、集治監自体が月形町の歴史に不可欠な要素だったのです。かつては帝国製麻や競馬場もあって『札幌か月形か』と言われた繁栄ぶりだったとのこと。北海道で古いまちは函館や小樽くらいかと思っていた人は、目からウロコ!ではないでしょうか。
 
 
樺戸集治監にあった100余の建物を再現した150分の1ジオラマ
▲実在した100余の建物を150分の1ジオラマで再現。ジオラマの前と奥を分ける板塀の横線がJR札沼線の位置。板塀の奥には現在、高校と中学校があります
 
 
明治新政府の発足間もない頃、本州の内乱で捕らえた政治犯や重罪犯を収容する受け皿としてつくられたのが、樺戸の集治監でした。昼なお暗い密林と泥炭地が広がる土地に、監獄を建てることがふさわしいと現地を調査して政府に上申したのが、町名の由来となった月形潔その人。初代の典獄(現在の刑務所長)として着任したのは彼が35歳の時で、樺戸集治監の39年間を統率した8人の典獄と、その業績を見ることができます。
 
 
樺戸集治監に就いた8人の歴代典獄(月形潔は一番左)
▲樺戸集治監の8典獄(月形潔は一番左)。当時は刑務所長、警察署長、郵便局長、郡長など複数の役割を兼務しました
 
 

開拓の功労者“赤い人”

囚人の収監が始まって間もない頃の集治監では、囚人と看守や典獄が共に寝起きを共にし、厳しい看守も時には囚人に恩情を与えたといいます。囚人と共に生き延びるため、看守も必死だったのでしょう。
 
 
昭和47(1972)年まで役場として使われた旧樺戸集治監本庁舎の入口
▲旧樺戸集治監本庁舎は大正8(1919)年に廃監後、昭和47(1972)年まで役場庁舎として利用。札幌石山軟石の入口は囚人の鉄丸で削られたという説もありますが、役場時代の人の出入りで凹んだようです
 
 
「集治監で囚人が着たものは、ふんどしに至るまで柿色に染められた赤い着物。これは脱獄を防ぐための赤であり、男に着せることで辱(はずかし)めを与えるための色でした」(野本さん談)。ちなみにこの赤い着物、野本さんが役場に入った17年前はもう少し鮮やかだったとのこと。
 
 
樺戸集治監で囚人が着ていた赤い着物
▲“赤い人”が着た着物。下穿きと上着の間あたりが当時の発色を留めています
 
 
月形樺戸博物館の展示に興味津々の子供達
▲テーマが重い行刑の博物館でも、子供達には興味津々
 
 

集治監の人びとに感謝する心

月形町では、北海道の内陸に初めて道を切り開き、非人道的な使役で倒れた人びとを、いまも手厚く供養しています。町長の櫻庭誠二さんの想いは町の誰にも劣らず熱く、毎年夏に「樺戸監獄物故者追悼式」を町主催で開催。囚人墓地に眠る1,022名を慰霊しています。
 
 
樺戸監獄の物故者をいまに語りつぐ櫻庭誠二町長
▲監獄の物故者をいまに語りつぐ櫻庭誠二町長(2014年9月3日 ※提供写真)
 
 
この式典には国や道庁、そして月形潔のゆかりで福岡市からも首長や関係者が訪れ、樺戸集治監に関係した全ての人に敬意と哀悼を示しているのです。追悼式だけでなく、普段から月形の家々では「典獄さんを先頭に、囚人さんが精魂込めて開いてくださった田んぼだよ」という風に、昔語りに祖父母から孫に感謝の気持ちが受け継がれています。
 
 
月形町が主催する樺戸監獄物故者追悼式の様子
▲町内外から関係者が参列する樺戸監獄物故者追悼式(2014年9月3日 ※提供写真)
 
 

永倉新八も五寸釘寅吉もいた!

月形樺戸博物館には、意外な人物が往来したことも知ることができます。幕末の志士、新撰組副長助勤で剣の使い手だった永倉新八。永倉はのちに平民「杉村義衛」と名を変え、月形潔に請われて3年あまり、樺戸で看守達に剣術を指南しました。博物館には杉村翁の羽織や、晩年の写真が展示されています。また何度も逃走を試み、空知、釧路、網走の道内全ての集治監に投獄された逸話を持つ大脱獄犯、“五寸釘寅吉”の名をもつ西川虎吉も収監。寅吉は後に罪を悔い改め他の模範となり、72歳で恩情によって自由の身となり、晩年は自分の懺悔話を聞かせる興業で各地を歩きました。
 
 
平成8(1996)年に開館した本庁舎と地下通路でつながる月形樺戸博物館の本館
▲本庁舎と地下通路でつながる月形樺戸博物館の本館。平成8(1996)年に開館
 
 
囚人がつけていた重さ約3.8kgの鉄丸
▲重さ約3.8kgの鉄丸を試すことができます。五寸釘寅吉は2つ付けられたとか
 
 
かの五寸釘寅吉もほどなく捕まってしまうように、樺戸周辺はまさに監獄の適地でした。川や泥炭地が結氷する厳冬期、鉄丸をつけた囚人は2人1組につながれたまま、深い森に逃げました。たとえ外役中※に逃げても、馬による追っ手に斬られるか、オオカミやヒグマの餌食に・・・。脱獄の果てに待ち受ける悲劇に、囚人達の絶望を共感します。心がすさむばかりの囚人生活ですが、時には寺社の建立を担うこともありました。博物館の近くには囚人が真摯な想いでノミをふるい、建てた寺社が現存しています。
 
 
月形樺戸博物館から約700mの曙町にある曹洞宗大本山永平寺の直末の寺、北漸寺
▲博物館から約900mの曙町にある曹洞宗大本山永平寺の直末(じきまつ)の寺、北漸寺(ほくぜんじ)。囚人棟梁による精緻な木彫を見学できます
 
 
月形樺戸博物館について説明する野本和宏さん
▲月形樺戸博物館は美唄市の宮島沼まで約4kmの距離。「ドライブコースに、博物館と野鳥観察など違う見どころを加えると楽しいですよ」(野本さん)
 
 
北海道を豊穣の大地に変えた内陸への最初の道をつけた囚人達と看守、そして彼らを束ねた典獄の生きざまと功績を感じる1日。
月形樺戸博物館を訪れてみてはいかがでしょう。
 
 
月形樺戸博物館の本館前にある月形潔の銅像

 
※外役(がいえき):集治監を離れた場所に仮の監獄をつくり、そこを拠点とした囚人労働
 

交通アクセス

※月形町へは、以下の公共交通が便利です

(1)JR札幌駅から
札沼線(別名:学園都市線)の石狩当別行き、または北海道医療大学行きに乗車、石狩当別駅で乗換え。石狩月形行き・浦臼行き・新十津川行きいずれかに乗車、石狩月形駅で下車し徒歩約3分。所要時間は約90分。
 
(2)札幌から車で
国道275号で当別町・月形町方面に44km。国道沿いに看板あり。所要時間は約60分。

★列車の運行本数と周辺の飲食店が少ないので、待ち時間用の対策や軽食を持参すると安心です。コンビニは博物館の周辺に2店あります。

 

月形歴史物語

月形町の公式ホームページに「月形歴史物語」という詳細なコンテンツがあります。博物館訪問の際にご覧ください。

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