札幌円山の“聖地”を巡る

150年弱で190万都市をつくりあげた札幌。そのまちなかに聖地があることをご存じでしょうか!先住民族のアイヌと開拓移民の和人が崇めた聖地は、じつは重なりが多く、聞くほどに驚きいっぱい。研究者とともに円山界隈を歩きました。
 
札幌市中央区の円山界隈は、京都の円山と同じ名を持ち、素敵なお店や家が並ぶ高級住宅地。その周辺は手つかずの原生林にも近く、円山公園はお花見を筆頭に賑わう市民憩いの場です。この日は北海道大学大学院の共同研究で〈場所〉や〈他者〉について研究している10名が、聖地を訪ねました。
 
北海道Likersで紹介した円山公園はこちら↓
開拓の歴史とジンギスカン文化が宿る円山公園の桜
 
 
 
 
円山公園を抜けて緩やかな階段を歩くと、北海道神宮の社殿が見えてきます。
 
 

札幌円山から京都・台北を感じる

「札幌は京都の都市構造を参考につくられたことは、よく知られています」と穏やかに語り始めたのは、北大で中国文化を研究する清水賢一郎准教授。北海道神宮の新たな見方を教えて下さいました。
 
 
 
 
本殿手前の左手に開拓神社という小さな社にさしかかります。間宮林蔵や松浦武四郎など、北海道開拓の功労者が祀られており、ここを過ぎるとほどなく表参道に合流です。
 
 
 
 
北海道開拓の父・島義勇(しまよしたけ)判官が活躍した明治初期、都市のデザインは風水的な考えに基づいていた可能性が高いと考える清水さん。「京都の見立てによってつくられた札幌は、山や川など自然の地形をベースに、行政機関や寺社が配置されています。その空間構造に着目してみてください。すると京都だけでなく台湾とも類似性が見られて面白いんですよ」と比べたのは台北市。古い地図が参加者の手に渡りました。「植民地時代の台北市地図を右90度に傾けると、構造が札幌と似ていることがわかります。これは当時の日本の北の辺境である北海道と、南の辺境であった台湾が、開拓(拓殖)という鍵で共につながっていたという点で興味深いです」(清水さん)。
 
 
 
 
みなさんも地図があればぜひお試しを。100年前の台北地図は手元になくても、京都の地図を南北真逆にして、主なランドマークを札幌に当てはめてみると、円山ほかの山並みが東山の位置にあり、見立ての妙を感じられることでしょう。
一行はさかんに地図を回して台北でも見立てが行われたことや、明治時代の行政府や神社を、その場所に据えた意味に納得していました。
 
 

アイヌ語地名から聖地がわかる!

北海道神宮だけでも充分に聖地を感じる場所ですが、一行は神宮をあとに円山に移動。「アイヌ語の地名が現している、場の意味にも注目してみましょう」と話を継いだ山村高淑(やまむらたかよし)さんは、約10年前からアニメファンによる聖地巡礼現象を捉え、古くからある聖地巡礼との関連に注目する北大教授です。
 
北海道Likersで紹介したアニメファンの記事はこちら↓
キャラに扮して洞爺湖に結集!「TOYAKOマンガ・アニメフェスタ」
 
 
 
 
アイヌ語の地名を示し解説は続きます。「例えば『モ・イワ』。アイヌ語では現在の藻岩山ではなくモ・イワで円山を指し、『小さな山』を意味しました。アイヌ民族初の北大教授知里真志保(ちりましほ)先生は、モ・イワという語はもともとアイヌにとって、先祖の祭場(さいじょう)がある神聖な山を指したらしいと記しています」(山村さん)。
アイヌ語地名から読み解ける、その土地本来の意味を説明します。
 
 
 
 
秋の清々しい空気を感じる中、一行は北海道神宮とはおもむきの異なる、霊験あらたかなゾーンに分け入ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
四国からの入植者も多い北海道では、円山の山腹に八十八箇所巡礼が大正4(1915)年につくられており、これも四国にある霊場を模した「写し霊場」。1世紀近くが経過するうちに当初の88体から寄進によって増え、阿修羅やお地蔵さんなど200体を超える石碑群に。その姿や表情は多様で、厳しい北海道に生きた先人のひたむきな信仰心を感じます。
 
 
 
 
 
 
 
 
円山村の開祖・上田萬平が私費で円山山頂までの登山道を開き、今年でちょうど100年。見立てによってできた霊場も、歴史を感じる静かな聖地としてまちに息づいています。アイヌの聖地と和人の聖地が隣接し、札幌にあって京都や台北のまちの意図を知る場所、それが円山界隈。
人びとが大切にする“場”から感じるものを探してみませんか。
 
 
 
 
■円山八十八箇所について
山じまいは例年10月10・11日、山開きは5月10・11日です。山中は蚊など虫が多く、歩道は木の根がある未舗装なので、スニーカーや上着などで対策のうえお出かけください。
 
※アイヌ語表記では「ヨコ・ウシ・ペッ」の「シ」は小さい「シ」です。