情熱の仕事人。札幌の街を見続けて。エッセイスト「和田由美」

 
 
北海道の本をつくり続ける札幌の出版社「亜璃西社(ありすしゃ)」の代表で、人気のエッセイスト。札幌の街を見て、歩いて、食べて、書き伝えて四十余年。和田由美さんに会ってきました。
 
「これはベストセラーになったの。こっちは初めてオールカラーでつくった本。札幌の街もこんな時代があったのよ。すごいでしょう」。手がけてきた一冊一冊の本を語る和田さんの表情は実に幸せそうです。
 
 
 
 

OLから転職し、札幌初のタウン情報誌を創刊

短大を出て、損保の会社に就職。待遇もよく経済的にも恵まれていたものの「事務仕事が向いていなかった」。和田さんは日々、好きな活字の仕事への思いを募らせていました。
鬱々としていたところに、タブロイド版の情報紙を発行していたステージガイド札幌の編集部で女性記者を募集していると聞き、OL生活と決別して転職。編集部に入ったのは、情報紙を雑誌型へ移行しようというときでした。しかし働き始めてまもなく、ある事情から編集長がいなくなり、編集作業が宙に浮く事態が起こったのです。
 
 
 
 
希望に燃え飛び込んだ活字の世界。「ここで夢が潰えてしまっては、一生後悔するに違いない」。和田さんは立ち上がり、学生時代の友人や知人の協力を得て、試行錯誤のなかで『月刊ステージガイド札幌』を創刊します。この札幌初のタウン情報誌が産声をあげたのは、冬季札幌オリンピックが開催された1972年のこと。全国的に知られた雑誌『ぴあ』と同時期の創刊でした。
 
やっとのことで創刊し、わずか3号出したところで今度はオーナーが休刊を宣言。普通ならばめげてしまいそうな展開ですが、和田さんは違いました。雑誌の権利を譲り受け、オーナー編集長として独立したのです。時に22歳。「逆境に立ち向かうエネルギーを人より少し多く持っていたのかな」。
 
 

活字の力、本の力を信じて

雑誌を育て軌道に乗せた後、権利を手放して、76年に編集プロダクション「プロジェクトハウス亜璃西」を設立。その編プロを基盤として創業したのが出版社「亜璃西社」です。出版業界全体が下がり調子にあるなか、まして地方出版とはいかがなものか。立ち上げに周囲から不安視する声も聞かれたそうですが、和田さんは「やる前から諦めない」信念を貫いたのです。
 
亜璃西社では、一貫して「北海道」に関するコンテンツで幅広いジャンルの出版物を手がけ、歴史にまつわる本、全国版の観光ガイドブックには載らないような、地元ならではの情報を紹介する書籍なども多数発行。ロングセラーには、初のフルカラー刊として90年に発刊し、現在までに累計10万部を数える『北海道樹木図鑑』(佐藤孝夫著)や、同じく90年の創刊から20万部を超える『北海道キャンプ場ガイド』などがあります。
 
 
 
 
出版社は本が売れなければ立ち行きません。「いかに愛される、必要とされる本をつくるか。一冊一冊売れると思うものをつくるけれど、売れないこともある。厳しい世界よ。だから思いを込めてつくった本が、書店の平台に並んで売れるとものすごく嬉しいですよね」。
出版社として札幌に根を張り、2014年で27年目を迎えている亜璃西社。「大きな後ろ盾もないなかでやってこられたのは有り難いこと」という和田さんの、今に至った道が平坦ではなかったことは想像に難くありません。
 
「会社を興したときの挨拶状に、“大通公園を見下ろせる自社ビルを建てる”って書いたものだから、大・大・大ベストセラーになる本をつくらなくちゃ。出版界はますます厳しくなっているけれど、でもそれくらい夢を大きく持ってやらなくちゃね」。
やるかやらないか。活字の力、本の力を信じる和田さんのこれからも変わらないスタンスなのでしょう。
 
 

エッセイ、本を通じて伝えたい札幌の街

1970年代から80年代にかけて、和田さんが手がけた『札幌青春街図』というタウンガイドブックを見せてくれました。飲食店だけではなく、載っているお店のジャンルは多岐に渡り、そのお店を営む人にフォーカスした記事の編集がされています。ページをめくるたび街とそこに生きる人の息づかいが聞こえてくるようで、興味深く面白く、取材を中断してしばし見入ってしまいました。絶版になっている同書には、復刻を望む声も根強くあるといいます。
 
 
 
 
「サッポロビールが生まれた場所だったり、戦前から喫茶店の数が多かったり、もともとすごい街ではありましたよね。そこにオリンピックをきっかけに全国から集まって来たいろいろな人が混じって、この街のために何かしようという人たちで街が成りたってきた。何かしたい思いがあればできそうな隙間のある時代でした。私も若かったけど、街も若かったですよね。今は190万都市になって見えにくい部分もあるけれど、がんばっている人がたくさんいて、まさしく面白い街になってきたんじゃないかしら」。
 
和田さんは、札幌の飲食店を食べ歩き、取材をして記事にしてきた第一人者でもあります。自身の本を出しているほか、北海道新聞、朝日・読売新聞北海道版の3紙で長く連載を持ち、現在は 雑誌『オトン』(札幌/あるた出版)でもエッセイを連載しています。
 
一読すると分かりますが、著書のグラフィティー(落書き)・シリーズにしてもグルメ本にしても、札幌の街の変遷を見続け、40年以上に渡って食べ歩いてきた和田さんだから書き伝えられる内容で、その真ん中には「人」がいます。
 
 
 
 
「街も店も人が重要」という和田さん。つくってきた本が若い人たちのバイブルとして活用され、また、どれだけ多くの人がエッセイや本を通してお店を知り歴史をたどり、街を歩いているか。和田さんも街をつくり支えている一人なのだと、改めて感じました。
 
「もの好きというか、じっとしていられないというか。何歳になったからこういう人間にならなくちゃっていう、型にはまるような生き方は性分に合わないんですよね」。
行きたいお店もたくさんあり、つくりたい本の構想も次々と生まれてくるという和田さん。尽きることない好奇心と活字への想いを抱えて、今日も取材に歩き書き続けています。