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公開 | すすきのあき子

“海の鉄路”青函連絡船を知る記念館「摩周丸」

津軽海峡を結び明治から昭和の80年間、物資や人を運んだのが青函連絡船。その終航から25年が過ぎ、連絡船の存在自体を知らない世代も増えました。例えば車両航送船はどんな船かご存じですか?函館の宝、摩周丸に会いに出かけました。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲函館朝市から見える距離にある青函連絡船記念館摩周丸
 
 

港町函館の“顔”摩周丸

函館駅から徒歩至近にある、函館らしさがたっぷり詰まった博物施設、それが摩周丸です。全長132m、旅客1,200名と貨車48両を載せることができた青函連絡船。記念館摩周丸の副館長、佐藤幸雄さんに案内していただきました。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲副館長の佐藤幸雄さんは元一等航海士
 
 
まずはいろんなアングルから摩周丸をご覧下さい!船底から屋上のコンパス甲板までの高さは約20mで、地下2F、地上5F建てのビルに相当します。青函トンネルの開通によって連絡船は1988(昭和63)年3月に終航。他の船が各地に売却されていく中、摩周丸は実物を活用した博物館として再生。青函連絡船の歴史をいまに伝えています。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲80年間に90隻が活躍した青函連絡船。摩周丸は50年前の当時最新鋭の船でした
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲弓状に張り出した操舵室。計器類が壊れたら替えがないので手を触れる際は慎重に
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲コンパス甲板から函館山や西部地区の見どころが一望できます
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲貨車を載せた車両甲板は非公開エリアのため、ネットワークカメラを遠隔操作して展示室のモニターで見ることができるようにする計画が進行中
 
 

海峡をつないだ、見えない鉄路

摩周丸は単なるレジャー施設ではなく社会教育施設の仲間。かつては第三セクターの所有・運営でしたが、2002(平成14)年に函館市に移管され、2008(平成20)年から地元NPO法人「語りつぐ青函連絡船の会(以下:連絡船の会)」が市の指定管理者となり運営しています。冒頭の車両航送について、佐藤さんが教えてくださいました。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲長い貨車が岸壁から船内に進むさまは、壮観な眺め!
 
 
「車両航送の“車両”とは、自動車ではなく鉄道車両のことなんです。連絡船の中に貨車ごと入れて運ぶ方法が車両航送で、岸壁からレール敷きの車両甲板内に貨物列車を格納する様子は、この写真がわかりやすいですよ」(佐藤さん)。
 
なるほど、このような形で貨物を運んでいたとは!青函連絡船が“海上の鉄路”と呼ばれた理由に目からウロコ。北海道と本州の物流を支えた青函連絡船と可動橋は、日本機械学会の「機械遺産」と、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されています
 
 

連絡船を動かした船乗りの技!

船のスケールを体感できる本物を使った展示に加え、摩周丸のよさを知るうえで欠かせないもの、それが迎える人びとの魅力です。続いては多目的ホールへ。普通座席(旧二等)のいわゆるカーペット席が復元展示されているこのフロアの一角では、スタッフが子供達にロープワークを教えています。船乗りに必須のロープの基本的な結び方を、佐藤さん達がレクチャーします。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲ロープワークを見よう見まねで挑戦する子供達
 
 
船は船長を筆頭に機関長、通信長、事務長など多くの乗組員が携わり、各自が役割を果たし安全な航海を支えます。国鉄職員として青函連絡船に乗っていたOB船員や、摩周丸の運営に賛同する人達が、個々の経験や能力をガイドとして発揮。これが摩周丸の見学に一層のリアリティを加えているのです。
 
ちなみにこのフロアは、函館のまち歩きに疲れた来館者が休憩する際に使われていて「この二等で若い頃に旅行したよ」と懐かしがる人もいて好評です。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲応用編も披露。崩れがちな古新聞の縛り方も、脱・自己流で驚きのまとまり!
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲無線通信を当時担当していた野呂功さん(右)。ここでモールス信号が体験できます
 
 
ここは無線通信室。青函連絡船の元通信長の野呂功さんが、当時働いていたところです。「無線に興味を持つのは、どちらかというと男の子が多いです。退職後も船と関わり続け、この部屋に来る方がたとお話することが私の楽しみです」(野呂さん)。函館の隣町七飯(ななえ)町から週2日、野呂さんは摩周丸に通っています。
 
 

海に浮かぶ展望台、摩周丸

摩周丸の魅力は博物館だけではありません。“海に浮かぶ展望台”として近年は眺望を売り出し中です。これは連絡船の会の前身組織「語りつぐ青函連絡船の世紀を成功させる会」発起人の一人で、音楽評論家の湯川れい子さんの発案がきっかけでした。函館に頻繁に通い連絡船のロケーションを目にしてきた湯川さんが「摩周丸からの眺めを“はこだてロマンティックビュー”として発信しては?」と会のメンバーに提案したのです。
 
2015(平成27)年のバレンタイン時期に函館では5日間花火を開催する予定で、連絡船の会では船上から冬花火を見るイベントをいま企画中とか。これはロマンティック。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲船上から見る冬花火は、きっと最上級の思い出に!
 
 

これからも語りつぐ連絡船

花火に合わせてイベントを仕掛ける発想の柔軟さと同時に、摩周丸は博物館の基本である展示事業も着実に実施。その一例に運航ダイヤ閲覧システムがあります。1949(昭和24)年から終航まで40年分、ほぼ全ての運航ダイヤが閲覧可能。当時の船名や船長名、天候や運航状況などがわかるので、連絡船に乗った人は旅の記憶が蘇るかも。
 
 
函館市青函連絡船記念館摩周丸 特定非営利活動法人語りつぐ青函連絡線の会
▲カレンダーの日付をタッチすると、その日の運航ダイヤが表示されます
 
 
1954(昭和29)年に起きた洞爺丸事故の当時、国鉄青函局が刊行した『台風との斗い(たたかい)(青函連絡船遭難体験記録)』という本も、連絡船の会で新たに注記を付けて復刻。遭難経過の解説パネルを制作し、事故の当日に各乗組員がいた洞爺丸の配置図もつくりました。これも日本海難史上最悪の事故を、正しく後世に伝えようとする活動の一つなのです。
 
連絡船の会メンバーの皆さんがこれからも語りつぐ記念館摩周丸。「青函連絡船の歴史や、物資の輸送に果たした役割を語り伝えていくと共に、船の技術のひとつ、ロープワークを家庭で役立つ結びに変えて、やさしく楽しく伝えて行きたいですね」(佐藤副館長)。
「摩周丸にいまも残る設備を使って、船舶の通信をぜひ体験してください」(野呂さん)。
函館を訪れたら、ぜひ実物に乗船して“海の鉄路”を感じてください。
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