明るく、楽しく、激しく、アットホームに!「北都プロレス」

 
 
メジャーな全国区の団体ばかりがプロレスではない。北海道には北海道のプロレス団体があるのだ。その名も「北都プロレス」。2004年にクレイン中條さんが立ち上げ、2014年で10年を迎えた。全道各地を移動しながら試合を行い、道内179ある市町村のうち、2013年には100市町村での開催を達成。「北海道を元気にしよう!」を合言葉に、呼ばれたらどこへでも行く、北海道愛にあふれたプロレス団体なのだ。
 
 

初めてプロレスを見た時の感動と興奮を伝えたい

北都プロレス代表でレフェリーのクレイン中條さんは北海道鶴居(つるい)村出身。リングネーム「クレイン」とは、英語の鶴=Craneが由来だ。
鶴居村で育った中條少年は、13歳のある日白黒テレビで初めてプロレスを見た。力道山、豊登時代だ。見終わった中條少年は、あまりの興奮で膝がガクガクして立つことができなかったそうだ。
 
 
 
 
「その時、自分はプロレスラーになる!と誓いました。自己流で体を鍛え、トレーニングもしましたが、当時165㎝の身長ではプロレスラーになんかなれなかった。それでもあきらめきれなくて体だけは鍛え続けました」とクレイン中條さん。
 
やがてメキシコやイギリスに、小柄でもプロレスができる団体があることを知った。そこで中條少年が考えたことは「よし、海外に行くために英語を覚えよう!そのためには、外資系の会社に勤めればいい!」と、外資の大手化粧品会社に就職。
 
社会人になっても、プロレスラーの夢は持ち続けていたが、やがて結婚し、気づいたらプロデビューするにはとうに歳を取りすぎていた。
 
 
 
 
自らがレスラーになるのはあきらめたが、プロレスが好きなことには変わりはない。その頃道内にあったプロレス団体の興業を手伝うようになった。しかし、その団体もなくなり、これでプロレスとの関係も終わりか…!?という2004年、クレイン中條さんは思い立った。
「どこにもないなら、自分で団体をつくろう!自分が大好きだったプロレスをやろう!そして、初めて白黒テレビで見た時の感動と興奮を、たくさんの人に伝えよう」と。
それが、北海道のプロレス団体「北都プロレス」の始まりであった。
 
 

ほうきを持って「ほうきは、放棄しろ」

2014年7月24日、札幌市西区のコンカリーニョで北都プロレス創設10周年記念大会が開催された。300人入る観客席は満席、それでも足りなくてリングサイドにさらにパイプ椅子席を増やしたほどだ。
 
 
 
 
北都プロレスは、たいてい5試合を行う。シングルマッチ、女子プロレス、タッグマッチなど、試合ごとに対戦カードが異なるので、見ていて飽きることがない。その内容は、当たり前だが正真正銘のプロレスだ。覆面レスラーがいて、ヒーロー&悪役がいて、場外乱闘あり、マイクパフォーマンスあり、バックドロップやジャーマンスープレックス、ドロップキックなどの大技も飛び出す。
 
 
 
 
 
 
今時のプロレスというより、一昔前の昭和のプロレスを見ているようだ。が、これこそクレイン中條さんが子供の頃興奮したプロレスなのだ。
ジャイアント馬場、アントニオ猪木全盛時代のプロレスが好きな人には、北都プロレスはたまらなく魅力的だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
試合の最後は、北都プロレスお約束のバトルロイヤルだ。これは、その日出場した選手全員がリングに上がり、全員で戦うというもの。これには、クレイン中條さんも参加する。最初はレフェリーとして対応しているのだが、だんだん様子が変わってくる。そのうち、中條さんも一緒になって戦い出したり、小物を使ってベタなダジャレを言い出す。実は、このダジャレが北都プロレスの「お約束」であり、ファンが楽しみにしていることの一つなのだ。
 
 
 
 
「2004年の旗揚げ当初からダジャレを言っていて、一時はやめようと思ったのだけど、ファンから『やめないで!』と言われてここまできましたよ(笑)」。
 
選手も観客も一緒になって、中條さんのしょうもないダジャレにずっこけ、大げさにひっくり返る。ダジャレという誰もがわかりやすい定番の笑いは、まるで昭和のドタバタコメディだ。でも、そこにあったのは、どこか懐かしい、家族団らんのお茶の間の笑いで、心がほっこりする時間だった。
 
 
 
 
「北都プロレスのモットーは、明るく、楽しく、激しく、アットホームに!です。見に来た人たちが、プロレスっておもしろいなと感じてくれて、笑って、喜んでくれたら、それでいい」と中條さんは話してくれた。
 
 

道内各地、呼ばれたらリング持参でどこへでも!

いま、北都プロレスには道内出身の若手選手が数人所属している。一番の若手で札幌出身の河原成幸選手は、子供の頃からプロレスが好きで好きで、大学を中退してこの世界に飛び込んできたそうだ。また、釧路出身の池田昌樹選手は、そのルックスから「イケメンレスラー」として女性ファンが大変多いとのこと。
 
 
 
 
「たくさんの人に支えられてここまで来ました。全道各地で毎年待っていてくれるファンもいます。毎年同じイベントに呼んでもらえるようにもなりました。正直儲かるものではありませんが、私の体力の続く限りレフェリーも続けたいし、代表としてもがんばりたい。これからは、今のスタイルを崩さずに、でも新しいものを取り入れて、明るく、楽しく、激しく、アットホームな北都プロレスでありたいと思っています」。
 
 
 
 
 
 
 
 
北都プロレスは、自治体のお祭りや企業イベント、病院や福祉施設など、呼ばれたらどこへでも行く。一辺が5m70㎝のリングが入るところなら屋内でも屋外でも、どこでも試合ができる。とても昭和で、手作り感満載で、でも真剣勝負で熱い戦いを見せてくれる北都プロレス。彼らを見ていると、自然と笑顔になり、心から元気になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
北海道を応援する北海道Likersとしては、同じ思いの北都プロレスを、これからも応援していきたい。
がんばれ、北都プロレス!
 
北都プロレスの試合予定など、詳しくはHPをご覧ください。
 
 

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