ファーム富田のラベンダー畑、歴史と秘められた想いを探る

 
 
世界中から人々が訪れるファーム富田のラベンダー畑。今や初夏の北海道を代表する風景の1つですが、一時は消滅する危機に瀕していました。その歴史とラベンダーに秘められた想いを探ります。
 
 

ラベンダー栽培が盛んだった富良野地方

ファーム富田のオーナー富田家は、元々稲作農家でした。富田忠雄氏が若かりし頃、富良野地方でラベンダー栽培の先駆者だった上田美一氏の紫色の畑を見てあまりの美しさに感動し、いつかは自分も育てよう、と誓ったそうです。
ラベンダー畑に出会って5年後、1958(昭和33)年に念願だったラベンダー栽培を始めました。この時の畑は、現在「トラディショナルラベンダー畑」という名で残っています。
 
 
 
 
当時のラベンダーは観賞用としてではなく、オイル(香料の原料)のため栽培されていました。富良野地方では数多くの農家がラベンダー栽培をし、1970(昭和45)年に生産量はピークを迎えました。
ところが、合成香料の進歩や安い輸入香料の台頭により、1973(昭和48)年に香料会社がラベンダーオイル買い上げを中止しました。ほかの農家はみな別の作物へと切り替える中、富田忠雄氏は「美しい紫色の畑、何とか作り続けられないか」と、稲作で生計を立てながら細々とラベンダー栽培を続けました。
 
 

1枚の写真と女性の一言が富良野地方のラベンダー畑を守った

「もう1年、あと1年」と栽培を続けてきたものの採算が合わないため、1976(昭和51)年、今年が最後の栽培と決意しました。
この年ラベンダーが開花すると、なぜか今まで来ることのなかったカメラマンや旅行者が多数やってきました。
きっかけは、この1枚の写真です。
 
 
 
 
前年に知らぬ間に撮影されたファーム富田のラベンダー畑の写真が、当時の国鉄のカレンダーで使用され、ラベンダー畑が紹介されました。
 
富田忠雄氏:「今年が最後なんです。しっかり写真に収めて下さいね」
カメラマン:「こんな綺麗な景色、勿体ない!」
富田忠雄氏:「とはいえ、どうにもならないのです」
カメラマン:「いやいや、そこを何とか…」
 
こんな押し問答が日々続いたそうです。
ある日、訪れた女性が、「南フランスにはラベンダーを使った商品がたくさんある。同じようにポプリを作ったらどうか」と、作り方を教えてくれました。
 
 
 
 
1977(昭和52)年、「畑の管理費用だけでも得られたらラベンダー畑はつぶさなくてすむ」との思いからポプリやサシエ(匂い袋)を作り、玄関先での販売を始めました。農閑期の作業としてもちょうどよかったようです。
 
ラベンダー畑が雑誌などでも紹介されるようになると年々観光客が増え、お土産を買う人も増え、おかげでラベンダー畑を維持できるようになりました。ラベンダーを活かしたものづくりで、ラベンダーを生かし続けることができるようになったのです。
 
1枚の写真と1人の女性の言葉がなければ、現在富良野地方で紫色の丘の風景を眺めることはできなかったかもしれません。
 
 

1歩ずつ歩みを進めるファーム富田

ラベンダー畑の維持ができるようになると、少しずつ商品を増やし、花畑や休憩施設を広げていきました。
まずは香水作り。富田忠雄氏が若かりし頃、「この紫色の花から香水ができるんだ」と感動した時からの憧れだったそうです。
1984(昭和59)年にオリジナル香水「フラノ」の発売を始めました。その後オリジナル石鹸「ソープラベンダー」など少しずつ商品を増やし、数々のラベンダー製品を製造・販売しています。
 
 
 
 
ラベンダーが咲く時期は7月。それ以外の季節でもラベンダーを楽しんでもらえるようにしたい。そこで温室栽培にも挑戦し、3年越しの実験の末、1999(平成10)年に真冬にラベンダーを開花させることに成功しました。
以来、7月ではなくてもグリーンハウス(温室)にて紫色の花の姿を楽しめます。
 
 
 
 
訪れた人が春から秋まで楽しんでもらえるようにと、ラベンダー以外の花も育てるようになりました。
 
ファーム富田の入口には、訪れる人をいつでも花でお迎えしたい、と作られた花畑があります。ビオラやマリーゴールドなど色とりどりの花が春から秋まで代わる代わる、何かしらの花が咲いています。
 
 
 
 
春の花が咲く「春の彩りの畑」や秋の花が咲く「秋の彩りの畑」、針葉樹とのコントラストを楽しむ「森の彩りの畑」なども作られました。
 
 
 
 
土産や飲食の施設も順次オープンしました。2003(平成15)年にオープンした「ドライフラワー舎」は世界各国の花材で彩られ、アートを観賞するような感覚です。
 
 
 
 
2008(平成20)年、水田だった土地を活かし、日本最大級のラベンダー畑も作りました。元々は生産用として作った畑でしたが、いつしか観光客が多く足をとめるようになったので観光客が立ち寄れる施設へと変えました。
 
 
 
 
こうして、ラベンダーの花と香りを活かした農場へと、年々1歩ずつ進化をしてきました。
 
 

世界中から観光客が訪れるファーム富田

今では北海道の中でも代表的な観光スポットとなったファーム富田。年間100万人近い人々が世界各国から訪れるそうです。
 
ラベンダーシーズンとなる7月は観光バスや乗用車が連なり、近くを走るJR富良野線には臨時の「ラベンダー畑」駅が設置され、毎年観光シーズンに列車が停まるようにもなりました。バスや列車が到着するたびに、たくさんの人たちが花を愛でに園内へと進んでいきます。
 
 
 
 
ラベンダーソフトは年間約20万食も売れる定番スイーツになりました。
 
 
 
 
世界中から多くの人を惹きつけるファーム富田。それだけ魅力のある景観が、ここにはあります。原点は富田忠雄氏のラベンダーへの憧れと想い、きっかけは1枚の写真と女性の一言でした。
 
入場料は一切なし。入退場の時間や制限なども一切なし。好きな時、好きなだけ見学できるというのも、訪れる人に楽しんでもらいたい、という想いの表れなのかもしれません。長年の努力に感謝しつつ、美しい風景を楽しませてもらいましょう。