夏の村/アイヌ四季の暮らし(1)

北海道の先住民アイヌが、自然とともに生きる生活のなかで育んできた多様な生活文化から、季節ごとのエピソードを中心に紹介します。アイヌの人々の生き生きとした暮らしぶりと、意外な生活文化との出会いをお楽しみに。
 
アイヌ語で夏のことを〈サㇰ〉といいます。道央の後志郡積丹町「積丹(しゃこたん)」、道北の中川郡中川町「佐久(さく)」などの地名は、「夏の村」を指すアイヌ語〈サㇰ・コタン〉が語源になっています。

 
 

これは昔、山あいに住んでいたアイヌたちのなかに、夏の間だけ海辺に移り住んでコタン(村)をつくり、魚や昆布をとって暮らす人々がいたことにちなみます。そこに〈サㇰ・コタン〉の名前が残ったわけです。
 
海辺は、魚や海藻、アワビやナマコなど海の幸に恵まれています。でも、冬になると風雪が激しく、波も高くなるため、気候のよい夏の間だけそこで生活していました。

 
 

サㇰ・コタンに移り住んだ人々は、北国の短い夏の間、大人も子どもも忙しく働いて過ごします。自分たちで毎日食べる食料以外に、アワビやナマコ、昆布などを乾燥させたものをつくり、和人たちが運んでくるコメやタバコ、布などと交換していました。
 
これらの干アワビや干ナマコ(イリコと呼ばれます)、昆布は、秋サケの干物とともに和人社会では貴重な品物でした。当時、北海道(蝦夷地)を支配していた松前藩は、アイヌから得た海産物を商人に売り、それらは船で長崎まで運ばれたのち、中国大陸へ輸出されていたのです。その頃、北海道ではまだコメが採れなかったので、松前藩にとっては海産物が最大の財源となっていました。
 
アイヌは、夏を「女の季節」と呼びます。冬の間に食べる保存食をつくるため、女たちは夏の間、野山や畑で忙しく働くからです。とはいえ、その間に男たちが遊び暮らしているわけではありません。男たちは海や川での漁を中心に、冬のための食料を捕り、蓄えていました。

 


 
春と秋の間で、ほんの束の間しかない北海道の短い夏は、アイヌの大人にとっても子どもにとっても、貴重な時間だったのです。
 


 
*記事は『北の彩時記―アイヌの世界へ』(計良光範著、コモンズ刊)をもとに作成。
http://www.commonsonline.co.jp/kitanosai..html
 
*かじさやかのHP
http://freett.com/kajisayaka/index.html
 
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【北の彩時記―アイヌの世界へ】計良 光範 (著) 
【北海道の歴史がわかる本】  桑原 真人 (著) 


追記:アイヌ語表記について文中の〈サㇰ〉ですが、一部機種のバージョンによって文字化けします。ㇰは小さな「ク」になります(アイヌ語の表記)。