炭鉱(ヤマ)の栄華を今に伝える「夕張鹿鳴館」(旧北炭鹿の谷倶楽部)

一番方のサイレン、買物は分配所、ズリ山、炭配の馬そり、真っ黒な顔で共同浴場へ行く炭鉱マン…。 石炭の町、夕張の栄華を今に伝える北海道遺産をご紹介します。 
 
石炭が「黒いダイヤ」と呼ばれていた時代、1913(大正2)年、北海道炭礦汽船株式会社(北炭)が役員交歓や来賓接待などを目的に建設したのが「北炭鹿の谷倶楽部」です。 
1983(昭和58)年まで、主に当時の迎賓館のような施設として使用されていました。
 
ごく限られた上流階級の人たちのみが知るこの建物は、1994(平成6)年から「夕張鹿鳴館」として一般公開されています。 

 

 
当時の技術の粋を集めた建物は、和洋折衷なつくりで、 栄華を極めた会社が所有していたことをうかがわせる豪華なしつらえが、あちこちに見られます。 

 

 
建物は、広い芝生に面して雁行形に配置され、 京都の二条城二の丸御殿や桂離宮に見られる大規模な和風住宅の形式に習って建てられています。 縁側から眺める四季折々の庭園も見どころ。 

 

 

 

 
実は私、夕張生まれの炭鉱(ヤマ)の子。 
 
かすかな記憶ですが、盆踊りには「夕張娘と~、黒ダイヤ~」と口ずさみ、炭鉱の一番方やお昼のサイレンを聞き、「北炭鹿の谷倶楽部」の名前だけ聞きながら、そこはリカちゃんハウスかお姫様のいるお城のようなものだと思っていました。 
 
昔は庶民が近づけるところではありませんでしたが、 今こうして当時の様子をそのままに残した装飾や調度品、庭園を眺めていると、夕張の栄華が偲ばれます。 これが、石炭王国夕張の力だったのだ!と。 

 

 

 
現在は、記念館として一般公開しているほか、ステンドグラスのランプ約150点を回廊に配置した「光の回廊」や、宿泊施設「夕山荘」、夕張産を中心に道産食材を使った創作フレンチレストラン「ミレディ」なども併設。 
ゆっくり滞在しながら楽しむことができる施設です。 

 

 

 
夕張の観光スポットとしてはもちろん、炭鉱に関わったことのある人たちには、懐かしい思い出があふれてくることでしょう。