十勝でマンゴー。ノラワークスジャパンの挑戦

音更(おとふけ)町のマンゴー「白銀の太陽」をご存じですか?十勝川温泉の熱と雪を使い、十勝で挑む新たな農業。そこには人びとの交流や、見方を変えた資源の活用がありました。
 
 
 
 
十勝マンゴーが生まれる発端は2010年。地域の農産物をマルシェで発信する農水省のイベントを宮崎県日南市で開催した際、十勝の経営者、中川裕之さんはこの運営側として日南に出かけました。そこで国産マンゴーの生産者、永倉勲さんと出会い、農業で十勝を元気にしたいと思う中川さんは、永倉さんからこんな言葉をもらいました。
「私の夢は、クリスマスに収穫するマンゴーを日南でつくること。でも宮崎は南国だから難しいんです。北海道ならきっとできますよ」
 
日南ができないのに、冬の北海道なら収穫できるマンゴー。最初は意味がわからなかった中川さんでしたが、亜熱帯の日南と十勝を行き来し、永倉さんら生産者と交流するうちに、答えを見つけました。それは、温室内で夏と冬の季節を意図的に逆転するという、独創的な技術でした。
 
 
 
 
永倉さんを信じてマンゴー栽培を決めた中川さんが、まず着目したのは十勝川温泉。「温泉の熱を使えば冬を越せるかも知れない。「マンゴーを十勝で育てたい!」と語る中川さんの夢に「面白い、やろう!」と十勝の経営者が結集。2010年秋「真冬のマンゴーづくり大作戦」が加速し、永倉さんが寄贈した苗木10本で栽培がスタートしました。しかし十勝での挑戦は当初、周囲の理解を得られず、相手にされないうえに正気じゃないと言われるなど、中川さんの孤独な時期が続きました。
 
 
 
 
それでも中川さんは2010年の11月から、栽培が軌道に乗るまで1年半の間、日南市に足繁く通いマンゴーの技術指導を受けました。地元では音更町に温室を建設。そこには温泉の井戸があり栽培に理想的でした。しかし温室の外は、年間の気温差が50度にもなる十勝の厳しい気候です。
 
 
 
 
そこで中川さんらは北海道でのマンゴー栽培にあたり、融雪装置のロードヒーティングの仕組みを転用しました。温室の地中にあらかじめ管を埋め、井戸から温泉を通します。すると熱交換によって、冷えた地面を暖めることができるのです。
 
 
2010年の冬、順調に育つ木々を眺めながら中川さんは、夏の対策を思案していました。温泉を使い冬期はマンゴーにとって夏の環境を保てたものの、夏はその逆。温室内の温度と地温を10度前後に下げて、ひと月半から2ヶ月間育てなければ、マンゴーにとって季節の逆転が成立しないのです。そのため、日中30度にもなる温室の地温を下げる際に必要なエネルギーの確保が大きな問題でした。
 
その時、冬期に保存した雪を夏に活用する地域を思い出した中川さん。「雪なら十勝でもある。できる!」とひらめくとともに除雪した雪を集め、温室の隣に雪山を築いたのです。この雪を使って熱交換を行い、マンゴーは十勝の夏を越しました。温泉熱や雪、太陽など再生可能エネルギーを80%以上使ったマンゴーが、十勝で立派に育つことが証明されたのです。
 
 
 
 
作戦本部では、マンゴー栽培で十勝を活性化し、地域ブランドに高めたい地元の経営者11人と1法人で、会社を設立。野良仕事で日本を代表する会社になろう、という希望を込めて2011年3月「ノラワークスジャパン」(以下:ノラ社)と名づけました。
 
 
 
 
2011年5月に、温室でマンゴーが初めて実を付けたことで、ノラ社は晴れて地元から信頼を得ました。さらに収穫を12月に遅らせるため、前年のように雪冷熱を使い温度を管理しました。ノラ社が一連の栽培法を確立し、十勝で栽培したマンゴー「白銀の太陽」は2011年に商標登録。ノラ社を応援する人びとや組織の協力によって、十勝ブランドの価値を高める体制が着々と整いました。
 
この年のクリスマス、十勝では約100個のマンゴーが初の収穫を迎え、試験栽培に見事成功!品質の面でも日南マンゴーと同じ糖度を「白銀の太陽」は実現しました。さらに翌2012年12月「白銀の太陽」は百貨店で高値がつき、ノラ社はマンゴーの十勝ブランド化に大きな自信を得たのでした。
 

 
 
温泉や雪に着目し、それらを活用する行動の過程で、十勝に眠る資源に気づいた中川さん。日照時間や豊富な木材、十勝の大規模農業や菓子企業の集積など、地元にある資源を使わない手はありません。
 
「フルーツが十勝の新産業になれば、雇用の場がつくれます。栽培に加えて、例えば規格外の果物。お菓子に加工すれば働く場が生まれ、製品は十勝川温泉の宿や商店で売れます」と夢を膨らませるノラワークスジャパン。再生可能エネルギーで育つ夢のフルーツが、美肌の湯自慢の十勝川温泉で、新たな評判となるのもすぐ先のことかもしれません。