第五十八旭丸船長 西田たかお。本業「漁師」、しかしその実態は!?

道南せたな町の漁港に「第五十八旭丸」が停泊している。この漁船の船長で、(有)マーレ旭丸の代表が西田たかおさんだ。4代続く漁師業で道南の海で主にイカとエビを獲っている。ここまでなら、道内どこにでもいる普通の漁師なのだが、西田船長は違った。
 
 
 
 
魚を獲って市場に出したら漁師の仕事は終わりだ。大漁なら魚の価格は安くなる。がんばって獲っても、がんばらない人と同じ値段になることに若き日の西田船長は納得がいかず、悶々としていた。そして30代のある時、道端で自宅用のイカを干していたら、通りすがりの人が「それを分けてくれないか」と声をかけてきた。それを見て「そうか!消費者は、こういうのが欲しいのか!」と気づき、そこから対消費者を意識するようになったという。
 
「考えたことを一つひとつカタチにしていくのがおもしろくなってきた。昔から当たり前につくっていたイカめしや沖漬など、商品化して売り始めたが、つくるのがおもしろくて、最初は趣味でやっていたようなもの」と西田船長。
 
 
 
 
そして、1996(平成8)年、NHKの全国番組で取材を受けたことが、次のステップへのきかっけになった。道外の有名百貨店から引き合いが来始めたのだ。
 
 
 
 
催事場で直接消費者と接するようになると、西田船長は「なんかおかしいぞ」と感じるようになった。
「魚の知識もなく、売る人の都合で商品を売っていて、生産者の想いが全く消費者には伝わっていなかった。私も売り場に立ちましたが、お客さんに正しい知識と情報を教えても、『それは嘘でしょ』と言われる始末。これって、どう思います?悲しいでしょ?」。
 
西田船長は、生産者の声を直接届けなければならないと痛感し、「時代はネットだ!」とHP制作に着手。何事も、いったんはまると自分でとことんやらねば気が済まない性格から、HP制作を自らの手で行った。
そこで自らの声を発信すると同時に、通販も展開した。
 
 
 
 
2001年に、食に携わる地元の仲間たちと「桧山北部産業クラスター研究会」を立ち上げた。2002年には、北海道のスローフード運動に参加。イカとエビを獲る漁師が、生産・製造、営業・販売、そして食文化にまでトータルに、「食」に関するさまざまな事柄を考えるようになっていた。
 
 
 
 
「デパートの催事を消費者に伝えるフィールドと思ってきたが、今はそれだけではないと思っている。私が今関心を持っているのが、レストランと料理人。プロの料理人が『西田の獲った魚は間違いないよ』と言う方が、お客さんの安心感が違うでしょ?レストランから『旭丸の魚なら欲しい』と言ってもらえるようになりたいと思っている」(西田船長談)。
 
気付いたら、多方面で活躍している西田船長だが、本人曰く「基本は漁師だからね。夏はイカ、冬はエビ、その合間に全国の物産展に飛び回っているだけ」。
 
 
 
 
どこかの物産展で、頭にタオルも巻いておらず、パンチパーマでもない、ちょっと飄々とした細身のおじさんがいたら、それはきっと西田船長だ。
見かけたら、声をかけてみてほしい。北海道の魚について、北海道の食について、きっと熱く語ってくれるはずだ。