2012年09月07日 | 北海道Likersライター Manamin(亜璃西社)

舟を使いわける/アイヌ四季の暮らし(5)

「サㇰ・コタン=夏の村」「サㇰ・ル=夏の道」という地名が北海道各地に残されているように、夏は昔のアイヌが行動範囲を広げる季節でした。原生林が生い茂り、けもの道が通っているだけの山野は、長距離の移動に向きません。遠くに行く場合は、川や海を舟で移動していました。
 
舟には用途に応じてさまざまタイプがあり、呼び名も違います。「チㇷ゚=我ら乗るもの=舟」は丸木舟を指すことが多く、「ヤラチㇷ゚=樹皮舟」や「イタオマチㇷ゚=板綴り舟」、さらには「トントチㇷ゚=革舟」というアザラシやトドの皮革で作った舟もあったそうです。
 
 
チㇷ゚(丸木舟)。千歳で行なわれたアシリチェプノミ(新しい鮭を迎える儀式)
▲チㇷ゚(丸木舟)。千歳で行なわれたアシリチェプノミ(新しい鮭を迎える儀式)で、チㇷ゚に乗って鮭を捕らえる様子

 
丸木舟はバッコヤナギかカツラの大木から造ります。そして、その周りに板を綴じつけて大型にしたのがイタオマチㇷ゚です。また、ヤラチㇷ゚はキハダの大木の皮をはいで造ります。舟は場所(川、海、湖沼)や目的(人の移動、物の運搬、漁)によって使い分け、どのコタンにも大小さまざまな舟がありました。
 
湖沼や川で使われる舟は、肉厚に削られた大型の丸木舟が多く、反対に海で使われる舟は、同じ丸木舟でも薄く削られた小型のものが多かったそうです。これは、陸沿いに舟で進みながら長距離を移動する際、海岸沿いの暗礁の多い難所では、陸にあがって舟を運ぶ必要があったからです。
 
海での漁や、サハリン(樺太)・千島列島など外洋への航海には、波に強いイタオマチㇷ゚を使いました。狩猟、漁労ともに、交易は当時のアイヌの生活を豊かにするために不可欠なものでした。古いアイヌ絵(和人絵師による風俗画)には、外洋でイタオマチㇷ゚を操るアイヌの姿が多く描かれています。

 
イタオマチㇷ゚(板綴り舟)
▲イタオマチㇷ゚(板綴り舟)。1989年、180年ぶりに復元・製作されたイタオマチㇷ゚のチㇷ゚・サンケ(舟下ろし)の様子

 
そうしたアイヌの舟に乗ってみると、現代の鉄船や樹脂船とは違い、木の温かみが伝わってきて、「舟の女神」に守られ抱かれているという安心感に包まれます。この舟を駆って、川や海を漕ぎまわっていた昔のアイヌたちの姿が、ありありとイメージできる瞬間でした。
 
 
イタオマチㇷ゚(板綴り舟)
▲復元されたイタオマチㇷ゚のチㇷ゚・サンケ

 
※追記:文中のアイヌ語表記〈サㇰ〉と〈チプ〉ですが、一部機種のバージョンによって文字化けします。ㇰは小さな「ク」、ㇷ゚は小さな「プ」なります(アイヌ語の表記)。

 
*記事は『北の彩時記―アイヌの世界へ』(計良光範著、コモンズ刊)をもとに作成。
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